第37話 完全な修羅場
玄関の鍵を開けると、向こうから勢いよく扉が開かれた。
そのあまりの勢いの良さに、俺は驚いてのけぞる。
「ユキ!」
でも驚きは、これだけでは終わらなかった。
扉を開けた彼はそのままの勢いで、名前を呼びながら強く抱きしめてきたのだ。
「ユキ、ユキ、ユキ!」
先程モニター越しの時は冷静な様子だったのに、今の彼は完全に取り乱している。
俺はされるがままに強く抱きしめられながら、ここでこの状態はまずいと冷静な頭で考える。
「先生。事情を説明しますから、中に入ってもらっても良いですか」
落ち着いてもらうように静かな声で言えば、ハッとした様子で抱きしめられた腕が外される。
「す、すまない。つい勢いで。……中に入ってもいいのか?」
「俺の家ですから、俺が大丈夫なら良いでしょう。他に誰の許可が必要なんですか」
脳裏に恭弥の顔は浮かんだけど、帰ってくるのは5時だから、それまでに話を終わらせれば大丈夫だ。
そんな計画を頭で組み立てて、最悪4時までに話を終わらせれば何とかなると逆算する。
今の時刻は1時を指しているから、余裕を持って話が出来るだろう。
というか、1時まで全く目を覚まさずに寝ていたのか。
駄目人間レベルが、どんどん上がってしまっている。
本当に早く戻らないと、現実世界に戻れても生活に支障が出そうだ。
居心地の悪そうな先生が後を着いてくるのを気配で感じながら、俺は振り返ることなく家の中を進む。
前に一度入ったことがあるのだから、なんとなくの間取りは分かるはずなので、気を遣わなかった。
リビングまで来て、俺は少しだけ後悔した。
後片付けをする時間は、待っていてもらった方が良かったのかもしれない。
恭弥以外に入る人がないから、ゴミ屋敷とまではいかないけど、物が乱雑に散らばっている。
ゲームやお菓子の袋が出しっぱなしになっていて、潔癖症気味の彼からしたら信じられない光景だろう。
「どうぞ。散らかっていますけど、適当に座ってください」
今さら取り繕っても遅いので、俺は目につくものだけをどかすと、振り返って座るように促した。
「あ、ああ」
彼と一緒に住んでいた頃は、こんなに散らかっている状態なんてありえなかった。
元々彼が掃除していたのもあるし、俺も汚さないように気をつけていた。
だからきっとこの状態を、信じられない思いで見ているのだろう。
比較的、綺麗なところに座ると、周りを観察するのを止めて、まっすぐ俺の方に顔を向けてきた。
「学校に来なくなって一週間が経つ。体調が悪いというのは嘘なんだろう」
向こうも時間が無いと分かってくれているのか、早速本題に入ってくる。
その視線は嘘やごまかしがきかなそうで、俺は本当のことを話す。
「恭弥が俺に、ここにいて欲しいって言っているんです。誰にも会わず、外には一歩も出ず。こんな状態を望んでいるから、恭弥のためにそうしているだけです」
「……やはり黒咲か」
俺の言葉に苦々しい表情で、恭弥の名前を呟く。
俺の休みの理由は恭弥が話しているだろうから、犯人が恭弥だと考えるのも当たり前だ。
「あー。留年はしたくないので、それまでには学校に行かせてもらえるようにします。あと何日ぐらいなら大丈夫ですか?」
「そういうことじゃないだろう。ユキは、このままでいいと思っているのか? 自分の意思で、こんな状況になっているのか? 黒咲に無理やり」
「それをあなたがいいますか? 最初に嫌がる俺を監禁したくせに、他人がやったらヒーロー気取りで助けに来てくれるんですか。おかしいですね」
この状況から、助けてもらいたい気持ちはある。
でも元はと言えば、こうなる状況を作った諸悪の根源は彼だ。
それなのに関係ないと言った様子で、心配されても苦笑いしか出ない。
「……それはそうだ。許されることじゃないと思っている。でもだからといって、今の状況から抜け出さない理由にはならないだろう?」
俺の態度に怒るかと思ったけど、さすがに大人だから、冷静な対応をしてくる。
確かに言っていることは正しい。
でも、正解とは限らない。
「そうかもしれません。でも今の恭弥は、ものすごくデリケートなんです。扱いを少しでも間違えたら、バッドエンドまっしぐらです。さすがに殺人事件を起こしたくはないでしょう?」
「黒咲の気持ちも分かる。でも何かきっかけがなかったら、いつかは出られるという希望通りに上手くいくわけが無い。何か作戦でもあるのか」
「いえ、全く」
彼が絶句する。
さすがにノープランだとは考えていなかったようだ。
誤解をしないで欲しいのは、全く考えていなかったわけではなく、考えに考えたけどいい案が思い浮かばなかっただけということである。
「でも先生にこの状況を把握してもらえたから、協力してもらえれば何とか恭弥を説得……」
「俺が何?」
「!? きょ、恭弥!? どうしてここに!?」
話に集中していたせいで、俺も彼も誰かが家に入ってくる気配に気づかなかった。
声をした方には、扉に寄りかかって気だるげに立っている恭弥がいた。
その目には全く感情がなく、完全に怒っている。
どうにかしなくてはいけないのに、俺にはこの状況を上手くごまかす言い訳を持ち合わせていなかった。
これは完全に修羅場だ。
殺人事件に発展しないように、何とかなだめなければ。
この状況を解決するために、俺の脳はめまぐるしく動き始めた。
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