第36話 それは続かない日々





 ここに閉じ込められてから、俺は極力恭弥の機嫌を損ねないように行動していた。

 出たい拘束を外してほしいもう止めて、その言葉はヤンデレスイッチを入れてしまうから、口にしないように気を付けた。


 それでもたまに恭弥を怒らせるようなことを言ってしまい、スイッチが入った恭弥にお仕置きを何度もされてしまった。



 だからいつの間にか、俺は恭弥に話しかけるのに抵抗を覚えるようになった。

 話しかけてヤンデレスイッチを入れるのが嫌で、何も起こさないように静かに過ごすのが、俺の日常である。


 ヤンデレスイッチが入らなければ、恭弥はいつも通りで恋人としても友人としても優しい。

 俺が余計なことをしなければ、何も起こらない。

 恭弥がおかしくなってしまう理由は俺なのだから、俺が気を付ければいい。


 そう考えて気を遣う毎日に、俺は疲れを感じていた。





「有希。今日は出かけるから、いい子で待っていろよ」


 頭を撫でてきた恭弥に、俺は何も言わずに頷いた。


「いつも言っているけど、誰かが来ても絶対に扉は開けるなよ。宅配便とか頼んでないから。前みたいに、気を遣って出なくていいからな」


 前に宅配便の荷物を受け取った時、帰って気づいた恭弥の怒りは凄まじかった。

 二度と出たくないと思うぐらい、そのぐらいの怒り。

 言われなくても、もう出るつもりは無かった。


「それじゃあ、たぶん5時ぐらいには帰って来るから。帰りにスーパー寄るけど、何か欲しいものとかある?」


「……特には」


「分かった。行ってくるな」


 最後に頭を一撫でして、時間が無いのか少しせわしない様子で家から出て行く。

 玄関の扉が閉まる音を聞くと、俺は一気に体の力を抜いた。


 恭弥といると、体が緊張するようになったのは、一体いつからのことだろうか。

 彼の意にそぐわない言葉を言って、怒らせた恭弥が怖い。


「……5時か」


 それが長いと思うより、早すぎると思うようになってしまった。

 今日も帰ってきてから、緊張の時間が続いてしまうとなると、気分がなえてしまう。


「何しよう」


 恭弥がいない間、俺の行動は制限されている。

 外出はもちろんのこと、料理も洗濯も掃除をするのも駄目だと言われていた。

 だから出来ることは限られていて、俺は時間を持て余しがちだ。


 ゆっくりと立ち上がると、部屋の中を見回した。

 見慣れている家のはずなのに、今の俺にとっては違和感しかない。

 自分がまるで異物のようで、ここにいるだけで体調がおかしくなってしまう気がする。


「……寝ようかな」


 最近はやることが無さ過ぎて、寝て一日が終わる日が多い。


 早く恭弥を説得して学校に行かなくてはいけないと思うけど、恭弥が怖くて実行に移せなかった。

 俺はあくびをして、そして自分の部屋に戻りベッドにもぐりこんだ。


「ぜーんぶゆめだったらいいのになあ」


 眠りにつく前に俺は願いを口にすると、ゆっくりと目を閉じた。

 絶対に叶うはずが無いと分かっていながら。





 ……ピーンポーン

 チャイムの音が遠くから聞こえてくる。


「ん……んん?」


 眠りの世界にいた俺は、ゆっくりと覚醒する。


 ピーンポーン


 そうしている間にも、またチャイムが鳴った。


「……宅配便、じゃないか。それじゃあ、誰だろう?」


 恭弥に出るなとは言われていたけど、誰が来たのか確認するなとは言われていない。

 勝手に判断して、俺はベッドから抜け出しモニターを確認しに行った。


 まだ覚醒していない頭で、俺はふらふらと歩くと、モニターを覗き込む。

 そして眠気が一気に吹き飛んだ。


「……先生」


 画面に映っていたのは先生だった。

 眉間にしわを寄せた険しい表情で、カメラを見ている。

 俺が見ているとは知らないはずだけど、その視線の強さに心臓が止まりそうになった。


「ど……うして、ここに……先生」


 画面をなぞりつつ、俺は懇願するように囁いた。

 その声が聞こえたはずが無いのに、彼の口が動き出す。


 何を言っているのかこのままでは聞こえないので、俺は無意識に通話のボタンを押していた。


『……えるか。ユキ。俺だ。開けてくれ。頼む』


 声は出せなかった。

 出してしまったら、彼の声を聞いていることがバレてしまう。


『俺が言うのも違うかもしれないけど。学校に来てなくて心配なんだ。黒咲は風邪をぶり返したと言っているが、さすがにおかしい。お願いだ。出てきてくれ』


 我慢しよう我慢しよう。

 そう思っていたけど限界だった。


 おえつが口からこぼれ出てしまい、慌てて押さえたけど、すでに彼の耳に届いたあとで。


『……ユキ。そこにいるんだな。話がしたい。ここを開けてくれないか?』


「……分かり、ました。今開けるので、待っていてください」


 俺がいると確信した彼が、諦めて帰るわけがなく、恭弥との約束を破ってしまうけど扉を開けるしかなかった。

 内心で恭弥にひたすら謝罪の言葉を繰り返しながら、俺は彼を出迎えるために、しぶしぶ玄関まで行く。


 それでも心のどこかで安心する気持ちもあって、声が出てしまったのはわざとだったのではないかと、自分を疑いそうになった。

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