第35話 戻れない日常





 久しぶりに学校に行っても、特に何か変わったことは無かった。

 インフルエンザという説明がされていたから、体調の心配はされても、それ以上は何も突っ込まれず終わった。


 監禁されていたと考える方がおかしいから、この反応が正解だ。

 少しは事情を知っている蓮君でさえ、気を遣って何があったのか聞こうとはしなかった。

 わざわざ心配をかけることを言うのもあれなので、詳しい内容を話さずにいた。


 彼は何事もなく、担任の顔をしている。

 恭弥も警察に突き出すのはやめたようで、あの事件はなかったことになった。



 だからこのまま、いつもの日々が戻ってくる。

 そう信じていた。

 でも、違った。

 日常がすでに崩れていることに、まだ俺は気がついていない。





 最近、考え事が多くなった気がする。

 ふとした時に、彼のことを、一緒にいた日々を思い出すようになった。


 それはこの前の監禁のことだったり、もっとずっと前のことだったりもした。


 思い出は、全部が全部楽しいものばかりじゃない。

 監禁された初日のものや、別れた日のもの。

 思い出す度に胸が苦しくなって、掻きむしりたくなる衝動に襲われる。

 でも思い出すのが嫌だとか、そういう気持ちにはならなかった。


 全ては俺にとって大切な思い出で、簡単に捨てられるものでもない。

 噛みしめるように、俺は気が付けば思い返すようになっていた。




 でもこれは恭弥への裏切りではないか。

 昔の恋人との思い出に浸っているなんて、気分のいい話じゃないだろう。

 俺だったら嫌だ。


 頭では分かっているのに、止めることが出来なかった。


 どうして、こんなにも彼のことが気になってしまう。

 すでに終わってしまっていて、関係無いのに。


 どれもこれも、わざわざ俺の誕生日に一緒に過ごすなんて、よく分からないことをした彼が悪い。

 あの時に見せた悲し気な顔が、頭から離れない。



 それに結婚するわけじゃないのに、どうして俺のことを捨てたのだろう。

 婚約に強制力がなく、俺に手を引いてもらうために、彼女が勝手に言ったことなら、ここまでこじれる前に他に道はあったはずなのに。


「あの人が、何を考えているのか、俺には分からない」


 口にしてみても、彼のことが分かるわけがない。

 捨てたくせに誕生日には一緒に過ごしたいと思う、そんな行動は意味不明だ。


 気にしなければいいと思う。

 でも俺は。

 彼と向き合うべきだと、心のどこかが叫んでいた。





「……って思っていたんだけどな……」


 俺は両手を見て、うなだれる。

 そこにつけられた手錠に、重みにどうすることも出来なくて、ガチャガチャと無駄な抵抗をしていた。


 現在、俺はまた監禁されている。

 でも犯人は彼じゃない。


「有希。ゲームしようぜ」


「恭弥……」


 嬉しそうにゲーム機を持ってきた恭弥に、俺は視線を向けて微妙な表情を浮かべるしかなかった。

 ここに閉じ込めた犯人は、恭弥である。

 そして俺は出たいということも言えなくて、大人しく閉じ込められているしかなかった。


 ここはどこかというと、俺の家だ。

 恭弥が遊びに来て、そして何故か俺が閉じ込められたのだ。

 手錠はどこから入手したものだろう。


 そういう店でもネットでも、探せばどこででも手に入れることは出来るか。

 手首が傷つかないように、内側が柔らかい素材で作られていて、長い時間つけているけど痛みを感じない。

 でもだからといって、ずっと拘束されていい理由にはならなかった。


「このゲーム、やりたがっていただろ。手に入れるの苦労したんだからな。転売が酷いし、抽選は当たらないし」


「……恭弥」


「何?」


「ここから出して」


「それは無理。とにかくやってみようぜ。レビューで高評価だから、期待していいと思う」


 いつも通りの恭弥かと思えば、ここから出してほしいと言うと、目のハイライトが消えて雰囲気が恐ろしくなる。

 そしてなんてことの無いように、話題を変えた。

 似たようなやり取りは、今まで何回もトライしているけど、成功したためしがない。



 俺を最初に閉じ込めた時、恭弥は同じような表情をして冷たく言い放った。


「有希がふらふらふらふらふらふらしているから、反省するまで閉じ込めることにした」


 それ以上は俺が何を聞いても、暴れても、完全に無視。

 閉じ込めるといった言葉通りに、一歩も家から出してもらえなくなった。


 何もかも全て管理されて、もしかしたら前の時よりも自由が無いかもしれない。

 でもこれが恭弥からの愛だと思えば、嫌だという気持ちにはならない。


 こう考えてしまうことが、相手の行動をエスカレートさせる原因かもしれない。

 別にマゾなわけではないけど、好きになってしまった人のことは何でも受け入れてしまうタイプなのである。



 今だってゲーム機の用意をしている恭弥を手伝って、拘束を解くようにと言うのは諦めた。

 鼻歌を歌っている様子を見ていると、仕方が無いなという感情が勝ってしまい、もう少しこのままでもいいかという考えになる。



 こんなにも恭弥を不安にさせていた俺が悪いのだ。

 満足するまでは付き合おう。



 これは現実逃避以外のなにものでもないと、分かっていても俺は向き合うことから逃げていた。

 とてもずるい人間なのだ、俺は。




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