第34話 1日遅れのハッピーバースデー





 恭弥が怒っているところを見たのは、実はとても少ない。

 怒りそうな感じがするけど、本気で怒ることはほとんどないのだ。



 そんな恭弥を昔、一度だけ本気で怒らせてしまったことがある。

 理由は、今思い出してもくだらない。


 下校中に野球部がエラーで飛ばしたボールを、恭弥をかばって俺の頭にヒットさせた。

 そこまで勢いが無かったから、気絶するまでにはいかなかったけど、大きなコブが出来た。


 保健室に行って脳しんとうの疑いは無いと太鼓判を押されて、恭弥のところに戻った俺を待っていたのは鬼だった。


「二度と同じことするなよ」


 物凄く怖い顔で言われて、勢いよく俺は頷いた。

 そうするしか恭弥は許してくれないと思った。





 それから俺は、なるべく恭弥を怒らせないようにしていたのだけど。

 今回の怒りは、あの時よりも激しい。


 何故俺の家の玄関にいるのだという疑問はあったけど、そんなのはささいなことだった。


「どーこほっつき歩いてたのかな。不良有希ちゃんは。さすがに5日もさ」


「えーっと」


「東海林先生はインフルエンザって言っていたけどおかしいよな。ずっと家にいないでさ。どこで何していたんだよ」


 電気をつけないまま、恭弥は腰を抜かした俺に詰め寄ってくる。

 その目が光っているような錯覚をして、俺は恐怖から後ずさりした。


「なあに、怯えてんの。有希の恋人の俺をさ。怯える理由なんて無いだろ」


 そんな俺の態度も気に入らなかったようで、距離を詰めてきたかと思ったら、顔の横に足が現れた。

 急に足が現れたのではなく、恭弥が足ドンをしてきたのだ。

 本当に顔すれすれだから、ときめきじゃなくて恐怖しか感じない。


 心臓がうるさい音を立てて騒ぐ。


「正直に言えるよな。どこで何をしていたのか。最初から最後まで詳しく」


「は、い」


 あの監禁を誰にも言うつもりはなかった。恭弥にさえも。

 でもそんな決意は、身の危険を前にしては簡単に崩れ去った。

 俺が弱いのではなく、恭弥が恐ろしすぎるのが悪い。





「ふーん。なるほどねえ。また監禁されていたんだ。へーえ」


 最初から最後まで詳しく話をさせられた俺は、ソファにぐったりと体を預けた。

 リビングに移動しただけマシだけど、それでも疲れる。


 それに、時刻は既に1時を過ぎていて、眠気が襲ってきているのも辛い。

 明日は学校だから早く寝たいけど、恭弥は許してくれないだろう。


 完全に闇のオーラをまとっていて、今夜は寝かしてくれなさそうだ。もちろん違う意味で。


「で? 警察に突き出して帰ってきたんだよな」


「え? 警察?」


「まさか何もしないで、解放されたからのこのこ帰ってきたとは言わないだろう? さすがに笑えない冗談だな」


 その通り、のこのこ帰ってきました。そう言ったら、どうなるのだろうか。

 警察に突き出すなんてことは、全く考えていなかった。

 スマホを返された時も、捨てられなくて良かったと感謝していたぐらいである。


 ごまかすように笑うと、恭弥は呆れた顔をする。


「……まあいいや。それは後でまたな。とにかく無事で良かった」


 顔の横にあった足がどけられ、代わりに恭弥が俺のことを抱きしめてきた。


「帰ってこないから、最初は何かの事件に巻き込まれたのかと思った」


 まあ事件といえば事件だったのだけど、犯人が彼だったから、恭弥も警察を呼ばなかったのだろう。

 それでも抱きしめた腕は震えていて、本当に心配しているのだと感じる。


「ごめん。さすがにスマホ取り上げられていたから、連絡出来なかった。……もしかして、ずっとここで待っていた?」


「……いつ帰ってくるか分からないだろう。その時に俺がいなかったら、寂しがり屋の有希ちゃんは泣いちゃうからなあ」


 声も震えていて、肩に温かい雫が染み込んでいく。

 俺はそれを指摘せずに、ただそっと背中を撫でた。


「ばーかばーかばーか。なにつかまっているんだよ。ばかゆうき」


 まるで子供のように文句を言う恭弥は、俺にさらに抱きしめると、吐息と混じるぐらいの声で囁く。


「……誕生日おめでとう。有希」


「ありがとう、恭弥」


 1日遅れの祝いの言葉は、ちゃんと俺に届いた。





 さすがに学校があるから、これ以上の話は出来ずに、俺達は寝ることにした。

 恭弥が駄々を捏ねて一緒の布団に寝ることになり、狭いベッドの中で隙間なく並んで横になっていた。


 寝よう寝ようと思っていたけど、なんだか目が冴えて眠気が襲ってこない。

 俺は1つあくびをすると、隣にいる恭弥の顔を見た。

 珍しいことに先に寝ていて、その顔はあどけない。


 先ほど見ていた時、うっすらくまが出来ていたのに気が付いた。

 俺を待っていたせいで、寝不足だったらしい。


「……ごめんな。俺のせいで」


 起こさないように目元をこすると、小さく謝る。

 ここまで心配をかけていたとは、逆の立場だったらと想像すると、謝っても謝りきれない。


「そっか……俺、昨日が誕生日だったんだな。全く忘れていた」


 自分の誕生日なんてそこまで興味が無いから、全く忘れていた。


「そういえば……もしかして……だから、今日まで俺のことを閉じ込めていたのか……? そんなわけないか」


 それでは彼が未だに、俺の誕生日を覚えているということになる。



 俺は自分の考えを否定すると、これ以上考えるのを諦めて、目を閉じて無理やり眠りについた。




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