第33話 監禁最終日と解放と





 彼の言うことが確かなら、今日解放される可能性が高い。

 俺はベッドの上で起きると、大きくあくびをした。


 昨日、あれから彼は姿を現さなかった。

 夕飯は顔を見せないように扉の前に置いて、俺が勝手にとるような形にしていた。

 頑張って捕まえようと俺もしていたのだけど、まるで忍者のように素早い動きのせいで、残像しか見えなかったぐらいだ。


 ハイスペックなのか、それぐらい俺と顔を会わせたくないのか。



 朝食もテーブルの上に置かれていて、少し冷めてはいたけど、そこまで支障はなかった。

 俺はジャムを塗ったトーストをかじりながら、テレビのニュースを眺める。


 ニュースの合間に流れる占いのコーナー。

 特に占いを気にしているわけでは無いが、帰る理由もないので、そのまま見ていた。


「……うげ。最下位」


 いくら気にしていないとはいっても、最下位だと話は違ってくる。

 俺はチャンネルを変えればよかったと後悔しながら、残りのトーストを口の中に放り込んだ。





 実は、今日も休日である。

 だから朝遅い時間でも、出かけていない限りは、彼は家の中にいる。

 でもこちらに来る様子が無い。


 今日が本当に最終日なのだとしたら、部屋に来ると思っていたんだけど。

 もしかして全く会わないまま、解放するつもりなのか。


 今の彼ならやりかねないので、俺は少し考えて動いた。


「うおりゃ!」


 力を入れるために掛け声を上げて、そして腕を振り下ろす。

 その瞬間、手から離れた椅子が壁に勢いよく当たって、大きなへこみを作った。



「ユキ! どうした!? ……うわっ!?」



 さすがにこんな大きな音が聞こえたら、何事が起きたのかと確認しに来る。


 それを予想していた俺は、扉の脇にスタンバイしておいて、彼の姿が見えたらすぐに捕まえた。

 あまりに勢いよく入ってきたから、俺が掴んだせいで姿勢を崩して転びそうになっていた。


「はい、捕まえた」


 さすがに転ぶのは可哀想なので、俺はなんとか踏ん張って耐える。

 そうすれば転ぶのは何とか回避した彼が、勢いよく俺の体を調べ始める。


「どうした。一体何があったんだ。怪我はしていないのか」


 俺がこれをしたと分かっているはずなのに、まっさきに怪我の心配をしてくるなんて、何だかむずがゆい気分になる。


「俺がやったことだから、怪我はしていないです。それよりも壁を破壊しました。ごめんなさい」


「そんなことはいい。それよりも怪我をしていたら、正直に言ってくれ」


「だから大丈夫ですって。こうやって呼び出したのは、また話をしたかったからなんです」


 壁を破壊したのに全く怒っていない。

 あまりにも俺に甘すぎて、逆に大丈夫なのかと心配になってくる。


「話?」


「はい。この前は逃げられたので。どうして、俺をここに連れてきたのか、まだ教えてもらっていないでしょう」


 今日は逃がしたくないから、腕を服にしわが出来るぐらい掴む。


「詳しく教えてくれなくても良いですから。全く教えないのは、被害者の俺に対して失礼でしょう?」


「……今日だけ、一緒にいたかった。それだけだ」


「今日? 今日は何かあるの?」


「分からないのか? ……分からないのならいい。気にしないでくれ。ただ、今日一緒にいてくれれば、それでいいんだ」


 今日という日が、そんなに特別なのかと考えてみるが、何も思い浮かばない。

 俺が考えていると、彼は思い出させないかのように話を終わらせようとしてきた。


 そこに、俺を監禁した理由の大半があるようだ。


「今日、一緒にいてほしいって、一緒にいて何をすればいいんですか?」


「特にそれは決まっていない。無理やり何かをするつもりはないのだが、何かしてくれるのか?」


「何かと言われても……えーっと、そうですね。それじゃあ、今日はここにいてくださいよ」


「……ここに?」


「そうです。今日が終わるまでずっといてください」


「分かった」


 俺の提案に驚いた彼だったけど、嫌だとは言わず、一緒にこの部屋で過ごしてくれることになった。

 自分で言っておいてなんだけど、まさか一緒にいてくれるとは思わず、驚いてしまう。



 それから何か面白いことが起きたかと言うと、特にこれといっておかしなことは起こらなかった。

 彼と一緒の部屋でテレビを見たり、それぞれ勝手に過ごしていたりしていた。

 朝と夜は彼が作って、昼は彼の希望で俺が作ることになった。


 簡単にナポリタンを作ったのだけど、物凄く喜ばれた。

 それがお世辞なのか、本気で言っているのか、あえては聞かなかった。





 彼は宣言した通り、今日が終わると俺を解放してくれた。

 あまりにもあっけなかったので、前に捨てられた時のことを思い出す暇がなく、俺は自分の家に帰っていた。


 何だか夢だったのではないかと思うぐらい、終わり方があっけない。

 今日という日にこだわっていた理由が分からなくて、俺は首を傾げながら、家の中に入った。


「……おかえり。遅かったな、有希」


「きょ、恭弥!? どうしてここに!?」


 扉を開けた途端、暗い中で恭弥の声が聞こえてきて、俺は驚いて腰を抜かしてしまった。

 そんな俺を見下ろし、恭弥の目が三日月に歪むのが視界に入る。


「誕生日おめでとう……って言っても、もう過ぎたけどな」




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