第32話 解放のための説得





 恭弥のことを話題にしていたら、話が全く進まない。

 ここから出たら絶対に蹴りを入れてやると決めて、俺はまた別の話をすることにした。


「……結婚しないんですか?」


 閉じ込められてから、ずっと不思議だったことがある。

 それは婚約者だと言っていた彼女の姿が、見当たらないことだった。


 もうすぐ結婚間近という話であるのに、同棲していないのはおかしいのではないか。

 結婚してからだとしても、会っている気配が無いのはありえない。



 どうしてかと考えているうちに、俺は一つの結論を導き出した。

 そう考えてしまう自分に嫌気がさしたけど、時間が経てば経つほど、真実味が帯びてしまった。


 あまりにも彼は俺に構いすぎているのだ。

 この状況で我慢できるようなタイプの人ではなかったのは、会ったことがあるからこそ分かる。

 だからこそ満足するわけが無かった。



「……そうだと言ったら、どうする?」


「祝いの言葉を返して下さい……なんて言いませんけど。どうしてそんなことになったのか聞きたいです。……もしかして、俺のせいですか?」


「それは違う!」


 俺をここに監禁するために別れたのだとしたら、本気で申し訳なくなってしまう。

 俺の覚悟とか色々と返してほしい。


 そんな意味も込めて聞くと、彼が珍しく焦った様子で声を荒げた。


「ユキのせいで別れたわけじゃない。元から、結婚する決まりじゃなかった」


「……でも」


「彼女は嘘をついたんだ。ユキを嫉妬して」


 大きな声を出していたかと思ったら、今度はどんどん小さくなっていく。


「嫉妬って。どうしてですか。婚約者だったんでしょう。俺に嫉妬する理由なんか無いじゃないですか」


「そんなわけないだろう。俺はユキとしか一緒にいるつもりが無かった。だから酒の席での冗談だった婚約の話も、気まぐれで実行されないように手を回したんだ。どちらを大切にしているかなんて、彼女にはすぐに分かっただろう」


「……それならなんで」


 俺としか一緒にいるつもりが無かったのなら、どうして捨てたんだ。

 口に出して言ってしまいそうになった。

 でもそれを言ったら、まだ気持ちがあるのだと思われそうで心の中に押しとどめた。


「彼女は君に謝っていたよ。傷つけるのを分かっていて、わざとあることないことを言ってしまったと。ユキ、許してあげるかな?」


「……彼女は彼女なりに、あなたを好きだからやった行動ですから、別に怒っていませんよ。許す許さないの話でもないでしょう」


 あれが何かしらのきっかけにはなったけど、彼女がいなくても、いつかは壊れた関係だろう。

 だから責める理由はない。


「……そう。ユキがそう言うのなら……」


「ちょっと待って。彼女に何もしてないよね?」


「……していないよ」


 常識人の顔をしているけど、無理やり監禁をするような危険人物である。

 言い方から不穏なものを感じて、聞いたら微妙な答えが返ってきた。


 ここから出たら、彼女の安否も確かめなくては。やることが増えてしまった。


「結婚しないのは分かりました。でもどうして俺をここに? あなたが捨てたのに」


 責めるような口調になってしまったのは、俺のせいじゃない。

 理由を教えてくれないし、考えても思い浮かばないので、彼が悪い。


「……黒咲と付き合っているんだよな」


「そ、うですけど。それが何か?」


 話をそらされた。

 俺の質問には答えずに、逆に質問で返してきたから、俺は少しイラっとする。

 彼のこういう態度が、今の現状を起こしているのではないかと、責任をなすりつけてしまいたいぐらいだ。


「どうして?」


「……それを、あなたが聞きますか?」


 俺と恭弥が付き合いだしたきっかけは、完全に彼が関係している。

 それが分かっているはずなのに、どうしてわざわざ聞いてくるのだろうか。嫌がらせか。


「あなたに捨てられてから、俺の精神状態はボロボロだったんですよ。本当に、あそこまでしておいて捨てるなんて、自分勝手で最低ですよね」


「それは」


「それなのに、今のこの状態はなんですか? どうして俺を閉じ込めたんですか? 一番、あなたにはその権利が無いと思うんですけど。違います?」


「……すまない」


「それは何の謝罪ですか……」


 謝られると馬鹿にされた気分になる。

 この人は、結局何をしたいのか。


 今は何にも繋がれていないし、一回ぐらい殴っても許されるだろう。

 俺は彼に気が付かれないように拳を握ると、タイミングを窺った。


「俺は、俺は……ユキ……」


 彼は何かを言おうと何度も口を開いて、そしてまた閉じてしまった。

 そのまま数秒の沈黙。

 俺はここだと思ったところで腕を振り上げたけど、彼の方が早かった。


「……とにかく、あと1日だけはここにいてもらう」


 拳が当たるより前に、彼が立ち上がり、そしていつもより慌てた様子で部屋から飛び出す。

 その間にテーブルや壁に体が当たっていたから、絶対に後で青あざが出来るだろう。


「……あと、1日?」


 まさか拘束に期限があるとは思わず、俺は明日何があるのかと首を傾げる。

 日にちは分かっているけど、でも何があるのかは全く思い浮かばなかった。





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