第29話 幸せな日々





 俺と恭弥の関係性が、学校にバレた。

 バレたというよりは、恭弥が積極的に広めた。


 最初は冗談だと思われていたけど、何度も言っているうちに、何故か自然と受け入れられたのである。

 からかったり拒絶したりする人が少なかったのは、俺としては信じられない気持ちでいっぱいだ。

 もしかしたらそこらへんは、恭弥が頑張ってくれたのかもしれない。



「おはよう、愛しのハニー」


「ダーリン、おはよう」


 だからこうして砂糖を吐きそうなぐらい甘いやり取りをしても、みんなそんなものだと見守ってくれている。

 呆れている人もいるかもしれない。



 いつしか俺と恭弥は、学校の名物バカップルと化していた。





 それについて、彼が何かを言ってくるかと期待していなかったと言えば嘘になる。

 俺達の噂は知っているはずなのに、何も言ってこない。

 言ってこない方が普通なのかもしれないけど、俺に興味があるのなら気になるはずだろう。



 今だって、俺と恭弥のくだらないやり取りを見た彼は、関係ないとばかりに視線をそらした。



 結婚するから、俺が誰と付き合おうと関係無いってことか。

 未練があるわけじゃないけど、少しだけムカついた。


 俺はあんなにも心を乱されたのに、全く彼は変わらない。

 それはあまりにも不公平な気がして、俺は自分でもおかしいぐらいに、やる気に火がついてしまった。





 俺の名前を出したら来ない可能性があったから、差出人の名前は書かないで手紙を送った。

 そっちの方がいたずらと思われそうだと気づいたが、もう遅い。


 とにかく呼び出した場所で、待つしか無かった。



 今いる場所は、屋上である。

 本当だったら鍵が閉まっていて入れないところだけど、恭弥が前に開ける方法を見つけてくれた。

 だから誰も来ないのは確実で、どんな話をしても聞かれることは無い。


 恭弥にも蓮君にも、このことは言っていない。

 言ったところで反対されるのは目に見えているから、わざわざ心配させる必要も無いだろう。



 待っている間、屋上からグラウンドで部活動をしている人達を眺めていると、俺の青春は何ともドロドロしているのかと呆れてしまう。


 初めて出来た恋人からおかしくなったのだから、その仕返しをしたってバチは当たらないはずだ。

 屋上の扉が開く音を耳にして、俺はそちらを振り返った。



 まさか呼び出したのが俺だとは思っても見なかったようで、目が合うと驚いた顔をされる。


「……騙して呼び出してすみません」


 騙したことは事実だから、まずはそのことを謝った。


「い、いや、構わないけど、俺に何か話があるのかな?」


 視線をさまよわせて落ち着きない姿に、彼がすでに困っているのだと分かる。

 それでもまだ足りないので、俺はにっこりと作り笑いを浮かべて近づいた。


「先生。俺、恭弥と付き合っているんです」


「……知っている。学校では、節度を持った付き合いをしなさい。不純な行為に及ばなければ、反対する理由は無い」


「そうですか」


 俺と恭弥の関係性には、やっぱり気づいていた。

 でも傷ついた様子はなく、むしろ応援しているかのような雰囲気を出されてしまった。


 その反応に傷つきそうになって、慌てて首を振る。


「そういえば、先生も水臭いですね」


「……何がだ?」


「……結婚するんでしょう? まさか先生に、そんないい人がいるとは思ってもいませんでした。言ってくれれば良かったのに」


 息を呑む音がする。


「そ、れは誰から?」


「婚約者の人、とっても綺麗な人でしたね。あんな綺麗な人と結婚出来るなんて、先生も幸せですよね。きっと少し前じゃ考えられなかったことですから」


 笑顔を崩すことなく、俺はさらに言葉を続けた。


「俺は今、とっても幸せです。先生も幸せになってくださいね」


 そしてそのまま脇を抜けて、屋上から逃げる。

 彼の反応を見る余裕なんて無かった。


 それでも笑顔をキープ出来たことは、自分で自分を褒めたいぐらいだ。



 俺は少しだけ濡れているほっぺを、乱暴に手のひらで擦ると、気持ちを切り替えるように叩いた。

 これでもう未練なく、前に進める。


 その一歩を、俺は踏み出したのだ。





 彼と一方的な決別をしてからも、担任だから顔を合わせるのは避けられない。

 最初は気まずすぎて、あからさまに避けていたけど、特に向こうからのアクションもなかったから、自然といつもどおりに落ち着いていった。


 挙動不審だった俺に、恭弥は何か言いたげな顔をしていた。

 でも俺が聞かないで欲しいというオーラを出していれば、何も聞かないでくれた。

 本当に、俺にはもったいないぐらいの良い恋人だ。



 先生と別れてから、一番穏やかな時間かもしれない。

 俺と恭弥は周りに認められていて、そして邪魔をする人は誰もいないのだ。

 きっとこのままいけば、俺と恭弥は恋人として高校生活を終えることが出来るだろう。



 それはとても幸せなことで、彼の時とは違う未来が待ち構えているはずだった。

 でも神様というのは、俺にとことん意地悪で。

 この穏やかな時間も、長続きしない運命らしい。





「どうして、こんなことするんですか?」


 彼をじっと見つめながら問いかけるが、答えが返ってくることは無かった。




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