第28話 俺のせい?





 閉じ込めると言われて、それを喜ぶ人はどのぐらいいるのだろう。

 どう考えたって、少数であることは確かだ。


 そして喜ぶ人は絶対に、精神的におかしくなっている。


「きょ、恭弥。もしかして俺のことをからかっている?」


 逃げられない程度の力で抱きしめられながら、俺は背中の辺りを軽く叩いて聞く。


 さすがに喜んでいるのは、演技だと言って欲しい。

 ネタバレはいつかと待っているのだけど、抱きしめられる腕の力は緩むことは無かった。


「からかっている? まさかそんなわけないだろ。どうしてそんなことを言うんだ? もしかして今の話は嘘なのか」


「俺の言葉は本当だから!」


 ヤンデレスイッチONの気配を感じ、俺は慌てて弁解した。

 腕の力が強くなったのを気のせいだと思いたいけど、視界の端にいる蓮君が大袈裟なジェスチャーで首を振ったから事実のようだ。


「それならいいけど。それで、どうする?」


「……どうするって?」


「わざと焦らしているのか。だから、俺はいつから有希の家に住めばいいのかって話。別に今日からでも構わないけど」


 それは完全に俺が困る。

 ここまで積極的にされると、俺の中にあった醜い欲望が、どこかに消えていく感じがした。


 さすがに人一人を閉じ込められるほど、俺にはまだ金も力も持ち合わせていない。


 冷静に考えれば考えるほど、閉じ込める理由が無くなる。


「えーっと、そのことなんだけど」


「俺としては、早めにした方がいいと思うんだよね。実際、有希は不安になっていたわけだし」


「……いや、あの閉じ込めるのは、もういいかな、って……」


「あ?」


 ヤンキーか。

 俺が閉じ込める気が無くなったと言った途端、ものすごく低い声が聞こえてきた。

 蓮君がやったなこいつといった表情をしたから、俺はどうやら選択肢を間違えたらしい。


「どうして急に、そんなこと言うのかな。有希ちゃんは。俺が閉じ込めていいって言っているのに、聞こえなかったのか?」


「き、聞こえたけど、冷静に考えたらさすがに閉じ込めるなんて出来ないかなって。色々とまずいだろ」


「本人がいいって言ってんのに、何がまずいんだよ。馬鹿だなあ」


 聞き分けの無い子供みたいな感じで対応されているけど、絶対に俺の言っていることは間違っていない。

 このまま負けを認めたら、望まない監禁コースまっしぐらなので、受け入れる訳には行かなかった。


 そもそもの発端が、俺の発言だとしてもだ。


「ほ、ほらあのさ。恭弥のことは信用しているし、俺より他の人を選ぶわけないって分かったからさ。閉じ込める必要は無いかな」


「誰にも見せたくないのに、俺が誰かに呼び出されたり話をしていて平気なのか? 気持ちが変わらない、そんな絶対なんてないのは、有希の方が分かっているはずだろ」


「で、でもさ、閉じ込めたら家の人が心配するし、近所の目だって……」


「親は有希を信用しているから、一人で不安そうな有希の家にいるって言えば、しばらくは大丈夫だな。近所だって、俺が大人しくしていれば不審に思わないだろ」


 頑張ろうと決めたのに、発言全てに反論が返ってきて、心が挫けそうになる。

 でも待っているのがバッドエンドだから、俺は最後の力を振り絞った。


「俺、恭弥とラブラブ学校生活送りたいな!」


 自分でも何言っているのかと思う。

 ラブラブ学校生活ってなんだ。

 そもそも内緒にしている関係だろう。


 ツッコミどころは多かったけど、口から出るのが止まらなかった。

 自分の言葉に寒気を感じ、体をさすろうとしたが抱きしめられていて出来ない。


 それよりもどうしてだろうか。

 耳元でくすくすと笑う声が聞こえてくる。

 恭弥だというのは分かっている、でもどうして笑っているのかが分からない。


「ラブラブな学校生活、ね。そんな可愛いお願い、叶えてあげなきゃ駄目だよな」


「ぴえっ」


 楽しそうに笑いながら、耳元に唇が触れる。

 思わず俺は悲鳴を上げると、そして顔が熱くなった。


「それじゃあ、有希が言うようにラブラブ生活を送るために、閉じ込められるのはまた今度にするな」


「う、うん」


 閉じ込める計画は中止になったが、何か別の問題が発生した気がする。

 蓮君の表情から察すると、俺は微妙な顔になる。


「どうした? 有希?」


「ううん。何でもない。恭弥と一緒にいられて嬉しいなって」


「俺も。これからはずっと一緒だ。はは」


 ヤンデレレベルがアップした恭弥は、軽くキスをしてきた。

 相変わらず目のハイライトは消えたままだけど、それでも俺の中の醜い気持ちは跡形もなく消え去ったから、話し合いをしてよかった。


「……割れ鍋に綴じ蓋」


 まだこの場にいた蓮君が、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。

 確かにそのとおりである。



 こんな俺を好きになってくれる恭弥が、最初から普通のわけがない。

 俺につられておかしくなったのではなく、俺と一緒にいることで胸の奥に秘めていた部分があらわになっただけ。


 俺がいなかったから、たぶん出ることは無かった恭弥の本性。



 それさえも愛おしいと思っているのだから、すでに俺も手遅れなぐらいおかしくなっているみたいだ。





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