第27話 話し合うしかない





 この教室に、俺の味方はいないのかもしれない。

 俺は2人分の視線にさらされながら、うなだれる。


 恭弥がここにいたのは、蓮君が呼び出したせいだった。

 話し合う時間が必要だと、そう考えたそうだけど、俺からしたら何てことをしてくれたんだと問い詰めたくなる。


 怒っていた恭弥は、今はにこにこと笑っている。

 でも目は笑っていない。

 それが余計に恐怖をあおってきた。


 まだ唯一救いであるのは、恭弥が聞いていた部分が最後の箇所だけなところか。

 それだけでも駄目なのだけど、一番聞かれたくない所を聞かれなかっただけマシか。


 いや、今の状況を考えたら、全くマシじゃなかった。



「ゆーうーきー。ほら黙ってないでさ。俺に言うことがあるだろ。口があるんだから、ちゃんと話をしような」


 まるで子供に言い聞かせるみたいだけど、威圧感が凄い。

 俺は思わず涙目になってしまった。


「黙っていても分からないだろう。なあ、有希?」


「べ、別にあの言葉は、恭弥が嫌いだから言ったわけじゃない、よ?」


「それは分かっている。でも、だからこそ離れようとしているのが気に食わないんだよな」


「は、はい」


 一応誤解は解いておこうと思ったのだけど、ぴしゃりと言われて怯んだ。


「俺のことも避けているしさ、これは正当な理由がなきゃ許されない行為だよな?」


 避けていることもバレていた。

 ものすごく逃げたくなったが、それを実行とした途端、恭弥と蓮君に捕まるのが目に見えている。


「俺は、恭弥に、迷惑かけたくなくて……」


「避けられる方が迷惑だろ。それに迷惑をかけるなんて今更だ。それが理由じゃない。本当のことを言え」


「ぐう」


「先輩、ぐうの音出ていますよ」


 今まで傍観者に徹していた蓮君が、思わずツッコんでしまうほど俺は追い詰められていた。

 恭弥と一緒にいる時間が長かったせいで、全てを先回りされている。

 何を言っても、嘘はバレてしまう。


 でも本当のことを言ったところで、恭弥は離れてしまうのではないか。

 もしも恭弥にまで捨てられてしまったら、今の俺はおかしくなってしまう。


「……でも……俺は……」


「……分かった。もういい」


「待って!」


 何も言えずにいる俺に、深くため息を吐いた恭弥は、立ち上がり部屋から出て行こうとした。


 このまま行くのを見送ってしまったら、そのまま一生話をしてくれない。そんな予感がする。


 俺は立ち上がり、引き留めるために手を伸ばす。

 何とか服の裾を掴めたけど、恭弥は冷たい目を向けてくる。


「何? 話すことは無いんだろ」


「……恭弥。俺、俺……」


 言っていいのだろうか。

 迷うが、今は考える時間が足りなかった。




「俺…………恭弥のこと、恭弥のこと閉じ込めたいと思っているんだ! ごめん!」




 言ってしまった。

 この距離で言ったのだ。絶対に聞こえているはず。

 裾を掴む手が震えたけど、固まってしまったように外せなかった。



 恭弥は何も言ってくれない。

 ただ俺をじっと見ているだけ。

 それは判決の時間を待っているようで、俺は震えて待つことしか出来なかった。



「俺を閉じ込めたいって……何で?」


「……恭弥が誰かに呼び出されたり、誰かと話をしているだけで、俺の中でどす黒い感情が出てきて。誰にも見せたくないと思うようになったんだ」


 こうなったらやけだ。

 俺は今までため込んでいた思いを、全て吐き出していく。


「俺だけのものにしたい。でもそれは、おかしな感情だ。俺自身がそれを分かっているはずなのに、気持ちがとめられなくて……だから気持ちを落ち着かせるために、少し距離を置こうと思ったんだ」


 それもこれも全部、失敗だったわけだけど。

 全てを話した俺は、恭弥の表情を窺った。


 そして、思わず息を飲んでしまう。


 気持ち悪いと引いているか、怒っているか、どれにせよ負の感情を浮かべていると思っていた。


 でも恭弥の表情は、全く違うものだった。


「そっか。俺を誰にも見せたくなくて、閉じ込めたいぐらい好きなんだ」


「……恭弥」


「そんなに怯えなくていいんだからな。有希」


 怯えているように見えているのだとしたら、それは捨てられるかもしれない恐怖からじゃない。



 恭弥は、愛おしくてたまらないといったような顔で、俺のことを見ていた。

 さすがにこの状況で、その表情をするのはおかしい。


「俺の事を閉じ込めたいぐらい、好きになったんだろ。閉じ込められる苦しみを知っていても、それでも欲望を抑えきれなかった。その感情が心地よくてたまらない」


 鼻歌でも歌い出しそうなぐらい、恭弥の機嫌がいい。

 どうして嫌がらないのか不思議で、喜ぶことが出来なかった。


「…………これは完全に病んでますね」


 ボソリと独り言のように言った、蓮君の言葉が耳に入ってきた。

 確かに言う通りだ。

 目のハイライトが消えた恭弥の顔は、あの時の彼にそっくりだった。


 こうしてしまったのは俺なのか。

 俺がおかしいから、それがうつってしまったのだろうか。



 変わってしまった恭弥に、逆に手を掴まれて俺は抱きしめられた。


「有希が望むのなら、閉じ込められても構わない。俺だけを見てくれると約束するだろ?」


 その体温が怖くて、俺は震えるのが止められずにいた。






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