第26話 俺の狂った欲望





 恭弥を誰にも見せたくない。

 俺はふとした瞬間に、そう考えるようになってしまった。[

 彼がしたように俺も部屋に閉じ込めてしまいたい。


 その欲望は、どんどん強くなってきた。



 恭弥が誰かと話すたびに、俺の心はどんどん汚れていく。

 相手に対して、殺意のような感情も抱いてしまう。

 それに気づかないふりをして俺は、学校生活を送っていた。





「最近、先輩何かありましたか?」


「どうして急に? いつも通りだけど?」


「何か雰囲気が、いつもとおかしいですよね」


 最初は疑問形だったのに、次は確定した言い方。

 俺がおかしいのは蓮君の中で決まっていて、その理由を何とか聞き出そうとしている。

 それでも俺は認めるわけにはいかなかった。


「おかしくないでしょ。蓮君の気のせいじゃないかな」


 この醜い感情を、俺の中でとどめておくと決めていた。

 だから絶対に、かけらも察せられないように。

 俺は心の中でたくさんのシミュレーションをして、そして蓮君に対峙する。


「それじゃあ、どうして黒咲先輩と距離を置いているんですか」


 でもまさか、真っ先にそこを指摘されるとは思わなかった。

 そこまで蓮君にはバレているようだ。


「そんなわけ……」


「まあ、ばれないように微妙な変化でしたからね。もしかしたら黒咲先輩ですら気づいていないかもしれません」


 俺は二の句を告げなくなる。

 恭弥ですらも気づいていなかったことを、蓮君が気づいてしまうとは。


「確かに恭弥とは少し距離を置いているけど、それは別に大した理由じゃないよ。ただ顔を合わせるのが恥ずかしいだけ」


「違いますね」


 断言されてしまった。

 下手なごまかしは聞かないらしい。


「……俺の話を聞いても誰にも言わないって約束してくれる?」


 結局、言うしかないと決めたのは、苦渋の決断だった。

 それでも蓮君なら受け入れてくれるだろう、そんな根拠のない自信もどこかにあった。


「いいですよ。誰にも言わないと約束しましょう」


「……約束を守ってくれると信じているから」


「信用してくれて嬉しいです」


 話すと決めたはいいけど、どこをどう説明するべきなのか迷う。


「……俺はおかしいのかもしれない」


「今更ですか」


「真面目な話。最近、自分でもおかしいと思うことがあって」


 茶化そうとしてきたから、俺はピシッと言っておく。

 シリアスな話だと理解してくれたようで、蓮君は大人しく話を聞いてくれる気になってくれた。


「……恭弥と付き合ってから、どんどん醜い感情が出てくるんだ」


「それは、どういった類のものなのですか?」


「誰にも見られたくない。俺だけのものにしたい。閉じ込めてしまいたい。………………おかしいだろ? こんなこと考えるなんて、狂ってるだろ」


 自嘲気味に乾いた笑いを零せば、蓮君の眉間にしわが寄った。


「無理して笑わなくてもいいですよ。別に俺に対して、取り繕わなくても構いませんから」


「……それじゃ、お言葉に甘えて。この欲望が出てくるようになってから、俺は恭弥と少しだけ距離を置くようにしたんだ。理由は分かるだろう」


「欲望のままに行動したら、いつか閉じ込めてしまいたくなるからですか?」


「そう。さすがにいくら恋人でも、閉じ込めるわけにはいかない。でも恭弥が誰かと話すたびに、嫌な感情ばかりが湧いてくるんだ」


「黒咲先輩って、結構モテますからね。俺のクラスメイトにも、憧れていたり好きだと言っている人はいます」


「今それは言わないで欲しかった。やっぱり恭弥ってモテるよね」


「でも先輩ほどではないと思いますけど」


「そういう問題じゃないんだよ……」


 俺の恋愛観はグチャグチャに壊されたから、今更普通の人と恋人にはなれない。

 でも恭弥は違う。

 付き合ってくれるのは同情からだろうし、恋愛対象は女の子のはずだ。


 だから可愛い子に好意を寄せられたら、そっちに転んでしまう可能性がある。


 恭弥を信じていないわけではない。

 俺にそこまで自信が無いだけ。

 ずっと一緒にいてもらえるような、そんな魅力が自分にあるとは思えない。


「恭弥は、俺とずっと一緒にいてくれるか分からない。それなのに、俺の勝手な欲望で閉じ込めるわけにはいかないだろ。俺は閉じ込められた人間が、どんな思考回路に陥っていくのか知っている。だから、そんな風に恭弥を変えたくない」


 友達だったからこそ、恭弥を変なことに巻き込みたくないのに、俺の考えが邪魔をしてくる。


「俺は……恭弥と一緒にいるべきじゃないのかもしれない」


「……先輩……」







「何言っているんだよ。有希」



「恭弥!?」



 すぐ近くから声が聞こえてきて、俺は声がした方向を見る。

 教室の扉には恭弥が立ち、そして今までにないぐらい怒っていた。


「どうしてここに?」


「そんなことは別にいいだろう。俺の質問に答えろ。一緒にいるべきじゃないって言うのは、どういうことなんだ?」


 どうしてここにいるのかという疑問には答えてもらえず、怒った表情のまま、俺に近づいてきた。

 そして腕を掴んできて、勢いよく引っ張ってくる。


「そんなの絶対に許さない」


 本気で怒っているのが分かり、俺はどうしてそんな表情をしているのか分からず、ただじっと顔を見ていることしか出来なかった。





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