第25話 恋人としての時間





 恭弥と恋人になってから、少しの時間が経った。

 あれからどこまで進んだかというと、まだキス止まりである。

 それも口にキスした回数は、数えるぐらいしかない。


 恭弥は焦らなくていいと言ってくれるが、俺は不満があった。



 恋人らしいことをするといったくせに、どうしてキスしかしてくれないのか。

 子供の恋愛じゃないし、今時子供の方がもっと進んだ恋愛をしている。


 もう少し、イチャイチャしたい。

 かなり恥ずかしいけど、俺はそんな不満を感じていた。



 さすがにこんな話は蓮君には相談出来ないから、俺は恭弥に当たって砕けることにした。





「キス、以上のこと……したいって言ったら、困る?」


「おお、どうした。急に」


 俺は恭弥の家に来ていて、ゲームをしているのを見ていた。

 ちょうど区切りがついたところで、俺は後ろから恐る恐る話しかける。


 その瞬間、勢いよく振り向かれて固まってしまう。


「いや。あれから恋人らしいことをするって言っていたのに、キスしかしてないじゃん。もっと進んでもいいと思わない? 恭弥が、嫌なら構わないけど」


 自分で言って恥ずかしくなってきて、俺は近くにあったクッションで顔を隠した。


「ゆーうーきー。どうした? どうして顔隠すんだ?」


「自分で自分が恥ずかしくて。さっきの話は忘れて。何でもないから」


 クッションで隠したまま、俺はくぐもった声で答えた。

 穴があったら入りたいけど、ここには無いのでクッションで我慢する。


 でもクッションからは恭弥の匂いがして、心臓が大きく鼓動していた。


「とおっ!」


「ちょつ! 何するんだよ! 俺のクッション!」


「俺のだから。こんなんで隠さないで、俺にちゃんと言うことあるよな?」


 鬼か。

 思わずツッコんでしまいそうになったが、俺は恭弥の顔を真っ正面から見たせいで、それどころじゃなかった。


「あ……うあ……」


「なんだその声。言葉覚えたてかよ」


 吹き出す恭弥の顔が輝いて見える。

 俺の目は、とうとうおかしくなってしまったらしい。

 何度も目をこすってみても、キラキラと周りに光のエフェクトが飛んでいる。


 薔薇とかじゃなかっただけマシだろうか。


「ほら、有希。俺に言いたいことがあるんだろ。言ってみ」


 パンケーキの上に砂糖をとかして、チョコも溶かして、生クリームとシロップをたっぷりとかけたぐらい、ドロドロとした胸焼けしそうな甘い声。

 友達だった時なら何か悪巧みでもしているのかと警戒したけど、恋人になった今は違う。


 顔だけじゃなく、全身が熱くてたまらない。

 季節的には、もう涼しいはずなのに。


「有希。何も言わないなら、その口ふさぐぞ」


「キス以上のことがしたい、です」


 いたずらっぽい笑みで顔を近づけてきた恭弥に、俺は今キスをされたら心臓が止まると思い、何とかもう一度その言葉を口にした。


「そ。分かった」


「んむ!?」


 ちゃんと言ったはずなのに、恭弥の顔はそのまま近づいてきて、唇が触れ合う。

 俺は驚きすぎて目を見開いたけど、止まってはくれなかった。


「……いいんだな?」


 唇が離れると、おでこを合わせながら尋ねてくる。

 その目の中に隠された熱量に、俺は顔を熱くさせながら頷いた。


「……ん」


 また唇が触れて、俺は全てを受け入れるために目を閉じる。





 恋人としてランクアップ? したけど、学校生活での関係性は変わらなかった。


 少しずつ受け入れられ始めているとはいえ、同性間の恋愛は微妙な部分がある。

 蓮君はそういうのに偏見がないから相談出来たけど、クラスメイトや学校の人にバレるわけにはいかなかった。


 そういうわけで学校での俺達の関係は、仲の良い親友である。

 誰も付き合っているとは、想像もしていないだろう。


 こういう部分は、前の時と同じだ。

 でも素直に言って、恭弥と引き剥がされる方が辛いから、言いたい時もあるけど我慢している。



 恭弥は俺のことをイケメンだと言うが、恭弥は恭弥で普通にモテる。

 呼び出されて告白された回数は、俺が知っているだけでも2桁は行くはずだ。


 友達の頃は、それでも誰とも付き合わないから、好みのレベルが高すぎるとからかったりしたけど、今は状況が違う。



 女子に視線を向けられていたり、格好いいと言われていたり、呼び出されているのを見るたびに、心の中がどす黒く染まっていた。


 恭弥は俺のなのに。

 誰も見て欲しくない。


 閉じ込めてしまいたい衝動に襲われて、俺はそんなふうに考えてしまう自分が怖くなってしまった。


 俺にとっての恋愛は、彼とのものしかない。

 だから思考回路が彼と同じになってしまっていることに、恐怖を感じるのは当たり前だ。


 この思考回路がおかしいものだというのは、よくよく考えなくても分かる。

 こんな俺の狂った欲望を、恭弥にぶつけるわけにはいかない。


 それでも恋人という関係を解消したくなかったから、俺は我慢して、その欲望が表に出ないように必死に抑えていた。


 恭弥を困らせたくない。

 こんな醜い考えを消してしまいたい。



 そうして自分の気持ちを押し殺して生活を続けていたけど、いつしか限界が来る。



 そして俺の場合、それは最悪な状況で来てしまった。





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