第23話 俺の気持ち





 俺の顔色が酷かったせいか、彼女とはすぐに話を切り上げて別れた。

 彼女の姿が見えなくなった後に、名前を聞くのを忘れたのに気が付いたけど、聞かない方が良かったと思い直す。


 もしも彼女の情報を少しでも知ってしまったら、俺は嫉妬して調べてしまうかもしれない。

 もう二度と会うことは無いのに、そんなことをしたって何の意味も無いだろう。



「……結婚か……」


 自分には全く遠い言葉だった。

 彼女も恋人もいない今もそうだし、彼と一緒にいた時も、結婚なんて考えたこともなかった。


 ただ一緒にいられれば良かったし、まず男同士では結婚出来ない。

 俺と彼では何も残せないわけだ。


「そりゃあ捨てられるか」


 彼が言う運命の人が俺だったとしても、未来に残せるものがなければ、いつか目を覚ましてしまう。

 それが1年後だっただけだ。


「……おめでとうって言えるかな」


 結婚すれば担任だから、きっと知らされるだろう。

 その時に俺は、笑顔で祝福の言葉を言えるだろうか。

 彼とのことが誰にもバレないように、全て俺の中に押しとどめておかなくてはならない。


「なんだかんだで、いい人だったからな」


 最初はなんだと思ったけど、婚約者の彼女は美しく彼を心の底から愛していた。

 彼女を悲しませないためにも、墓場まで持っていく秘密にするべきだ。


「……きっと、ウエディングドレス似合う、だろうな」


 ポタポタと手のひらに涙がこぼれる。

 結婚という言葉は、とてつもなく重みがあった。


「……さすがに、結婚式には、呼ばれるわけないよな」


 涙は止まることなく、俺は瞳を閉じて壁に寄りかかる。


「はは、本当に馬鹿みたい」










「有希は本当に馬鹿だな」


 そっとほっぺに、温かいものが触れた。

 目を開けると、そこには恭弥の姿があった。


「どうして、ここにいるの?」


「そんなことは気にしなくていいだろ。それよりも、どうして泣いているんだ」


「ちょっと、今日は人に会って、それで、それでっ」


 それ以上は言葉にならなかった。

 嗚咽おえつと共に、涙が次から次へとあふれ出てくる。


「あー、何か美人と話しているところを見た人がいたけど。もしかして東海林先生関係だったわけ?」


 誰もいないと思っていたけど、彼女と話している姿を見られていたらしい。

 返事は出来なかったが、沈黙は肯定の証拠だ。


「そっかそっか。きっと東海林先生の恋人で、宣戦布告でもされた感じか?」


「宣戦布告は、されなかった。俺だって分からなかったみたい」


「ふーん、そうか。気が強そうだったらしいから、コテンパンにやられたのかと思った」


「違う意味ではやられたかも……………………結婚、するんだってさ。ははは。婚約者だって……」


 なんてことないように言おうとしたけど、声が完全に震えてしまった。


「俺と一緒にいた時から、婚約者がいたくせに。運命の人は可愛かったんだって。だから可愛くなくなった俺を見て、嫌になったんじゃない。本当に最低。人を見る目無いや」


 涙は止まることが無くて、俺はどんどん手のひらを濡らしていく。


「俺って、何だったんだろう。……一緒にいた時間は、意味があったのかな」


 情けない自分が覗きだして、俺は誰に向けているわけでもない言葉をこぼした。


「もう、忘れたい。こんな辛い気持ちになるなら、全部忘れたいよ」



 未だにほっぺに触れている恭弥に言ったわけではなかった。

 この苦しみは外に出してしまわなければ、自分が壊れてしまうと思った。



「それじゃあ。全部忘れるか。俺が忘れさせるから」


 軽い口調だったので、俺は最初冗談を言っていると本気にしなかったのだけど、恭弥の表情と視線で分かる。


「忘れるって……どうやって?」


 分からないふりをした。

 その視線の熱さは、これからのことを予想させる。


「そうだな……こうやって」


 恭弥は顔を近づけると、そっと唇に触れてきた。

 冷たく乾いた唇は、彼の時とは全く違う。


「…………俺と恋でもするか」


 くっついていた唇が離れると、恭弥がそっと囁いた。


「……ん」


 急に何を言い出したとか。

 俺達は友達じゃなかったのかとか。

 聞きたいことは、たくさんあった。


 でも今は聞くときではないと、また近づいてきた顔に、そっと目を閉じた。





 それから俺と恭弥は付き合い始めた。

 ……と思う。


 確信を持って言えないのは、そういう話をしていないからだ。


 一緒に登下校したり、お互いの家で遊んだりしているけど、それは友達だった時から変わりはない。

 恋人になったらキスをしたり、その先の関係になるのかと思ったが、未だに清いままである。


 あの手っ取り早い恭弥が、全く手を出してこない。

 ということは、ああは言ったけど本当に恋人になるつもりは無かった。ただ俺を慰めるために、そう言っただけ。


 本気にしていたら、そのうち笑われてしまう。



「そういうわけで、新しい恋人が出来たと思ったけど、俺の勘違いだったみたい」


「……もうどこからどうツッコめばいいのか分かりません。むしろわざとやっているんですか?」


 今日や本人には報告する必要は無いから、蓮君に話したら、何故か大きなため息を吐かれた。





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