第22話 言いがかりと事実





 彼の知り合いらしい女性は、俺のことを上から下までなめるように見ると、大きな音を立てて鼻を鳴らした。


「何か思っていたよりも普通。可愛い子だと思っていたのに。本当にあなたが白樺ユキ…有希で合っているのよね?」


 物凄く失礼なことを言ってくるけど、俺は特にイラつきはしなかった。

 イラつくよりも先に、混乱する気持ちの方が勝っていた。


 この人は何をしに俺の前に現れたのだろうか。

 ここまで敵意を向けているということは、俺に対して何か思うことがあるのだろう。


「名前だけなら、俺だと思いますけど。東海林先生に関して、何か用なんですか?」


「雅春って名前だけで分かるのね。普通は先生の下の名前なんて、そうそう分かるものじゃないわよ。やっぱりあなたみたいね」


 対応をミスった。

 彼女の言う通り、下の名前だけで分かるなんて、普通の生徒の反応ではなかった。

 俺は内心で反省する。


「俺にどういった用件なんでしょう」


 相手の出方次第で、俺のとる行動は変わってくる。


「しらじらしいわね。私がここに来る理由なんて、一つしかないでしょう。あなた、雅春から離れてくれない?」


「……はい?」


「なにしらばっくれているのよ。あなたのせいで、雅春が私のことを見てくれないんだから!」


 上から目線かと思えば、今度は瞳をウルウルとうるませて、目元をこすりだす。

 情緒が不安定だ。

 俺は心配すればいいのか、それとも知らないと置き去りすればいいのか迷ってしまった。


「えーっと。あの失礼かもしれませんが、あなたはどこのどなたなのでしょうか?」


 まず誰なのかをはっきりしておかないと、俺も対応をどうしたらいいのか分からない。


「……私のこと知らないの?」


 俺の言葉に、きょとんとした幼い表情で首を傾げる。

 まるで俺がそんなことを言うとは、思ってもみなかったような感じだ。


「すみません。俺達……初対面ですよね? もしかして会ったことあります?」


「いえ、無いですけど。雅春から、私のこと聞きませんでしたか?」


「聞いたことないですね……」


「……そう」


 何だか逆に申し訳ない気分になった。

 最初の勢いはどこへやら、元気を無くしてしまって、ため息交じりに俺の問いかけに答えてくれた。


「……私は東海林雅春の婚約者よ」


「こんやくしゃ」


「ええ。だから、彼をたぶらかした人に諦めてもらおうとしていたんだけど。私が考えていた感じとは、少し違うみたいね。嫌な態度をとってごめんなさい」


「いや。いいんですけど。……もうちょっと話をしてもいいですか?」


「いいわよ。迷惑をかけたものね。何を聞きたいのかしら?」


 何を聞こう。

 聞いてもいい状況になったけど、質問を全く考えていなかった。

 あまり時間をとるのも申し訳ないから、俺は頭の中で浮かんだ質問を口にする。


「婚約者というのは、いつからのことなんですか?」


「こんな時代だけど、産まれる前から決まっていたのよ。親が決めたものでね。……でも私は、雅春のことが好きだから、嬉しかったの」


 ほっぺを染めている姿は、心の底から彼のことを好きだと全身で訴えていた。


「雅春も反対していなかったのに。ある日突然、運命の人が出来たと言って、婚約を解消すると言い出したのよ。私はどうしてと何度も聞いたわ。考え直してとも。でも、彼の意志は固かった」


 運命の人というのは、もしかして。

 俺は嫌な予感がする。


「その運命の人の名前が、白樺ユキだって言っていたんだけど。私の聞き間違いだったかもしれないわね。だって、あの人、可愛らしい子だって言っていたから。あなたは可愛いというより、格好いいだものね」


 間違ってごめんなさい。

 そう言って笑う女性に、俺は笑うしかなかった。


 運命の人は俺だと思っていたけど、自信が無くなってきた。

 可愛いというのは、確かに今の俺には全く合っていない言葉だ。


「……もし、もしその人に会ったら、どうするつもりだったんですか?」


「そうね。どんな人だか見るのが一番の目的だったけど、嫌な人だったらこう言い放ってやるつもりだったのよ」


 彼女は初めに会った時に見せた、高圧的な態度で言い放った。


「私と雅春は結婚する予定だから、もう二度と近づかないで、ってね」


「……けっこんするんですか?」


「そうなの。親が進めてくれているから、何も無ければ結婚するはずよ。彼がどんなに嫌だと言っても、決まっていることなの」


 彼は結婚するのか。

 俺がショックを受けることじゃないのに、胸がズキリと痛んだ。


 彼の家が、なかなか大きいところなのは知っていた。

 でもまさか、婚約者までいて結婚する予定なのは初耳だった。


 もしかして俺を捨てたのも、これが理由なのだろうか。


「どうしたの?」


「え?」


「顔色が悪いわ。体調でも崩していたの? それなら、引き止めるべきでは無かったわね」


 ものすごく心配してくるから、俺の顔色はそれぐらい酷いらしい。


「大丈夫です。大丈夫ですから」


 何が大丈夫か分かっていないけど、彼女の顔を見ていられず、俺は大丈夫だと壊れたロボットのように繰り返した。





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