第20話 女装コンテスト当日
「あれ。アイシャドウが無いんだけど」
「ヒールはどこ?」
「ちょっと押さないで。メイク出来ないから」
「ブス」
「お前の方がブス」
「はー?」
俺は現在、女装コンテストの控え室にいる。
周りの声を聞きながら、隅の方で座っていた。
去年、優勝してしまったせいで、トリを飾ることになってしまった。
俺としては早めに終わらせたかったけど、恭弥と蓮君が最後の方が良いと言ってしまって、この順番になったのだ。
そして俺の準備は、全員が控え室からいなくなってから始めるらしい。
だから今のところはやることが無く、気まずく座っているしかなかった。
「ねえねえ。あの人って、去年の優勝者だよね。でもさすがに」
「しっ。聞こえたら可哀想でしょ。でも、よく出られたよね」
「本当本当。笑いものになるんじゃないの」
ただ待っているだけの俺を、準備している人達はくすくすと笑っている。
確かに参加メンバーの中で、俺だけが異質だ。
身長から、見た目まで、周りには可愛らしい人しかいない。
でも昔の俺の方が可愛いと思うのは、散々なことを言われている腹いせである。
どんどん可愛らしくなっていく周りの姿を眺めながら、俺はそっと息を吐いた。
本番まで誰にも見せないと決めたのは、恭弥だ。
だから色々な人に聞かれたけど、誰にも教えていない。
衣装合わせをして、少しは自信が持てたかと思ったけど、一人になると心配になってくる。
恭弥と蓮君は全員がいなくなってから、俺の元に来てくれる手はずになっていた。
だからひそひそ話を無視して、待つしかない。
それから20分ぐらいが経って、ようやく控え室には俺1人になった。
「お待たせ!」
「お待たせしました」
衣装とメイク道具を持った2人が部屋の中に入ってきて、そして急いで俺の周りに広げだす。
「よし。それじゃあ、時間までに始めるぞ。後輩君、メイクは昨日言ったところを直せば、後は大丈夫だから」
「はい。任せておいてください」
まずは着付けをしてもらい、その後にメイクをしてもらう予定だ。
昨日、衣装合わせの時に一度全てやったから、手慣れた様子で準備が進められていく。
全員が出終わってから俺の番なので、のんびりやらなければ余裕がある。
着付けが終わると、すぐに蓮君がメイクをしてくれる。
ファンデーションにアイメイク、そして口紅。
くすぐったい感じはしたが、動くと怒られるから、出来る限り動かないように努力する。
「よし、いい感じです」
「さすがだ。後輩君。昨日よりも、更に上手に出来ている。これで優勝は俺達のものだ」
準備が終わると、俺はゆっくりと立ち上がった。
衣装の重みにふらつきそうになるけど、少しすれば慣れてきた。
「行ってくる」
まるで敵地に向かうかのように、俺は緊張しながら2人に軽く頭を下げた。
「最後に微笑めばいけるから」
「クールに決めてきてください」
親指を立てて見送る自信満々な姿に、俺は励まされて、気合を入れて会場へと進んだ。
ざわざわざわ
会場のざわめきを聞きながら、俺は暗い空間の中で息を吐く。
今出ている生徒が終われば、次は俺の番だ。
あまり期待されていないのは分かっているから、緊張もそこまでしていない。
ただ目に出て、少しだけ質問に答えれば終わり。
そう考えれば、さっさと終わらせてこの重たい衣装を脱ぎたいという気持ちの方が勝った。
『……続いてトリを飾りますのは、昨年の優勝者、白樺有希さんです。拍手で迎えてください』
ざわめきが大きくなり、まばらな拍手が会場を包み込む。
分かりやすい反応に、俺は笑みが浮かびそうになるが、笑うのは最後だと言われているので引き締めた。
高下駄で歩くのは苦労する。
俺は音を鳴らしながら、昨日練習した歩き方で進む。
真っ暗な裏から、スポットライトの当たるランウェイへ。
俺はただまっすぐだけを見て、ざわめきを気にすることなく歩いた。
『こ、これは、テーマは極秘にされていましたが。まさか花魁道中とは! 衣装の総重量はとてつもないはずですが、とても美しいですね!』
言葉に詰まった司会者が何か興奮気味に言っているが、俺の耳にはきちんとした言葉として入ってこなかった。
それよりも、転ばないように歩くのが大変だ。
転んだら、苦労が全て水の泡になってしまう。
恭弥や蓮君のために、それだけは絶対に避けたい。
笑っている余裕なんて無かったはずだから、笑うなと言われて正解だった。
『白樺君が歩いた後に、花びらが舞っています! 一体誰が
……ん? あれは黒咲君と
灰籐というのは、蓮君の名字である。
教えてもらっていなかったけど、演出で花弁を舞わせているらしい。
優勝するための努力が凄い。
俺は内心で笑いつつ、表情を引き締めた。
そしてランウェイの一番奥まで行くと、俺は恭弥に言われていた通りに、流し目をして微笑む。
視線の先、彼の顔が見えた気がするけど、きっと見間違いだ。
彼がこんなところにいるはずがない。
いたとしても、俺になんて全く興味が無いはずだ。
衣装も相まって、自分が高貴な人間になったような感じがする。
俺はここにいる誰にも負けない。
負ける気なんて、さらさらなかった。
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