第18話 忘れるための日常を





 彼と俺は、ただの担任と生徒という関係になった。


 最低限の連絡事項ぐらいしか話をせず、一日の中で視線は合わず会話を全くしないという日があるぐらいだ。


 でも、これが本来の適切な距離である。



 最初はチクチクと痛んでいた胸も、今ではそこまで痛みを感じなくなった。

 きっと少しずつではあるが、気持ちを上手く処理できるようになっていた。





 そんな中、文化祭の準備が始まった。

 文化祭委員のクラスメイトが、教卓のところに立って、何をするかを決める話し合いの進行を進めている。


 俺は頬杖をついて眺めながら、その流れを見つめた。

 どうせ、俺には特に決定権は無い。

 だから、決まったことを受け入れようと思った。


「何か案がある人はいませんか?」


「はいはーい!」


「黒咲君。どうぞ」


 でも恭弥が不穏なことを始める。

 どうか巻き込まないでほしいと願うけど、たぶん無理だろう。


「今年も女装コンテストがあるだろ。だからそれに合わせて、コスプレ喫茶とかどう?」


 恭弥にしては、まともな意見に聞こえた。

 でも、これで終わるわけがない。


「俺は有希を推薦します!」


「おい」


 思わずツッコんでしまった。

 何故、そこで俺が出てくる。


「去年、有希はコンテストで優勝しただろ。だから今年も優勝目指そうぜ!」


 ウインクをしながら言ってくるけど、俺としては全く持ってやりたくない。


 確かに去年、俺は女装コンテストに参加して、見事に優勝した。

 それは、成長する前の俺だったからだ。


 遅すぎる成長期を迎える前の俺は、自他ともに認めるぐらいは可愛かった。

 ベタにメイド服を着て、猫耳カチューシャをつけて、鏡に映った俺の姿は女の子にしか見えないぐらいのクオリティだったほどである。


 そのクオリティであれば、優勝するのは当たり前に決まっている。



「えっと……でも」


 戸惑った視線を向けられるのは、予想通りだ。

 俺だって、まさか今年も出ようとなんて思っていなかった。


 今の自分が女装が似合わないことなんて、冷静に考えなくても分かる。

 恭弥は、俺を全校生徒の前で辱めたいのだろうか。

 完全に否定しきれないところが悲しい。


「大丈夫大丈夫。ちゃんと俺がプロデュースするから、任せておいてよ」


 胸を張って自信満々に言うが、俺には不安しかなかった。


「は、はあ。分かりました。それじゃあ」


 恭弥の勢いに押されて、黒板にでかでかと書かれたコスプレ喫茶という文字。

 俺はその文字を睨みつけながら、突き刺さるたくさんの視線に気づかないふりをした。





「そんなに、先輩って可愛かったんですか?」


「まあ、ここまでイケメンに育っているから、面影ないよな」


「イケメンじゃないし」


「全く、想像つきません。写真とかないんですか?」


 俺の気持ちとは裏腹に、俺のクラスはコスプレ喫茶をすることに決まってしまった。

 そして女装するメンバーの中には、俺の名前がしっかりと入っていた。

 拒否するには遅く、すでに決まってしまったから、文句を言うわけにもいかなかった。


 そんなわけで、俺は文化祭で女装することになった。



 蓮君にその話をしたら、昔の俺に興味が湧いたようだ。

 確かに蓮君と会った時には、すでに俺は成長した後だった。

 昔は可愛かったと言われても、信じられないだろう。


「んー。写真かあ。ちょっと待ってね」


「え。まさかあるの」


「そりゃあ、記録に残しているに決まっているよな」


 思い出したかのようにスマホを操作しだした恭弥は、スクロールを何回かして、そしてにんまりと笑った。


「あったあった。これが去年の文化祭の写真。可愛いだろう」


 そしてその表情のまま、蓮君にスマホの画面を見せる。

 俺も一緒に画面を見ると、そこには懐かしい姿があった。


「……これは………………かわ、いいですね」


 目を見開いた蓮君は、言葉につまりながら感想を言う。

 それぐらい俺の女装姿に、衝撃を受けているらしい。


「だろう。この時は、遊びに来た人達にナンパされて大変だったんだぜ。男だって言っても、誰も信じなくてさ」


「これは確かに間違えるでしょう。分かっていても、信じられないです」


「あの時は、面倒くさかったな」


 ナンパのことを後から知った彼が、嫉妬から数日の間不機嫌だったのだ。

 それをなだめるのに、本当に苦労した。

 一時は、また監禁が再開するのではと思ったぐらいだ。


 結局、あの時はどうやって許してもらったのか。

 全く記憶にないけど、大変だった覚えはある。


「これは確かに優勝できるレベルですけど、今年は……どうなんですか」


「はっきり言うねえ。まあ、俺を信用してよ。悪い様にはしないから」


「文化祭、楽しみにしていますね」


「……俺は置いてけぼりか」


 俺の意思は完全無視されて、話は進んでいる。

 でも恭弥がやると決めたからには、俺はそれに従うしかないのだろう。


「ぜひ、俺にも手伝わせてください」


「お、いいね。やる気じゃん。ちょうど人手が欲しかったところだから、ぜひ協力してもらいたいね」


「ありがとうございます。必ず、先輩を優勝してみせます」



「……だから俺の意思は無視かい」



 そんなつぶやきも、何故かやる気に満ち溢れた2人には届かなかった。





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