第10話 追い詰めないでください
「それで? 後輩とイチャイチャして楽しかった? 俺のチョコは?」
「イチャイチャしていないから。部活動の一環。チョコはもう無い」
「チョコ食べたい食べたい! 俺もチョコ食べたい! 食べないと寝られない!」
「一生寝るな。それじゃあ、俺は先に寝るから、片づけよろしく」
帰るのが少し遅くなったせいで、裸エプロンもどきで待っていた恭弥に文句を言われてしまった。
裸エプロンもどきというのは、家に腰に巻くタイプのエプロンしかないから、タンクトップに腰巻エプロンという意味の分からない格好で出迎えられたのだ。
やるのはいいが、もう少し努力するべきである。
勝手にやっておいて遅れたことに文句を言ってくる恭弥に、部活動での話をしたら、物凄く駄々をこねられた。
甘いのがそこまで好きじゃないくせに、何でそこまでチョコに執着するのだろうか。
段々面倒くさくなってきたので、放置することにした。
相手にするから、更にうるさくなるのだ。
こういうのは放置すれば、自然と黙る。
「おやすみー」
「うわーん、うわーん。知っているんだからな。有希の元彼、学校にいる奴なんだろー」
はずが無かった。
俺は恭弥という人間を、甘く見すぎていたらしい。
泣き真似をしながら、とんでもない爆弾を落としてきたので、無視するのを忘れて思わず凝視してしまった。
「……その反応は図星みたいだな。やっぱりそうか」
そうやって反応してしまったのが悪かったようだ。
覆っていた指の隙間から、にやにやとした表情が覗く。
自分の過ちに気が付き、俺はこのまま無視をし続けるべきだったと後悔する。
「まあ、学校以外で知り合う機会なんて無いからな。大体、そうだと思っていたけど。よっしゃ。これで範囲は絞り込めた」
「ソンナワケナイヨ。オレノコウユウカンケイハ、ウミヨリモヒロクフカインダカラ」
「はは。有希って、本当嘘が付けないよな。マジで分かりやすい」
これはもう、ごまかせない。
俺はソファに座っていた恭弥の隣に腰を下ろし、そして嫌がらせのように寄りかかる。
「うるさい。恭弥はずっと一緒にいたから分かるんだろ。だから嘘はあまりつけないんだよな」
「ごまかそうとしていたくせにな。まあ、いいや。でも、こんなに嘘が下手なくせに、よく今まで隠し通せたと思うよ」
俺もそれは不思議である。
監禁から軟禁に変わり、初めて学校に来た時、恭弥にバレないかどうかが一番の課題だった。
でも意外にもバレずに、ここまできたのだから驚きだ。
「まあ、俺も展開についていけなかったから、後ろめたさとかを感じていなかったのかもしれない。だから隠すとかそういうのじゃなかったのかな」
「なーんか、そんなんで今まで気づかなかった自分が馬鹿らしくなる。面白いことをたくさん逃していて悔しい。くそ、どうして俺は気が付かなかったんだ」
「へっへーん」
思いがけずに恭弥を出し抜くことが出来て、俺としては嬉しい。
俺は肩にぐりぐりと頭をこすりつけると、首筋に髪の毛が当たったのか、くすぐったそうに笑われる。
「でもなあ……」
「どうした?」
「いくら夏休みとはいえ、人一人を監禁するのは労力と財力が必要だと思うんだよな。家族がいたら実行出来ないし、防音が完備した部屋を用意しないと、近所に怪しまれて通報されるかもしれない」
何だか推理をし始めた恭弥に、俺は嫌な予感がする。
「そうなるとある程度の大きさと防音を兼ね備えた部屋と、一人暮らしか家族がいないという状況と、有希が警戒しない相手という条件が必要だ」
これ以上考えられたら、正解に辿り着いてしまいそうだ。
俺は何とか気をそらそうと、別の話題を提供しようとした。
「あ、のさ! 俺のお気に入りのチョコ、蓮君に渡したのとは違う味も出ているんだよね。そっちも美味しそうだから、今から買いに行く? 俺、おごるよ」
「甘いもの、そんなに好きじゃないからいいよ。えーっと……話しかけるから、どこまで考えたのか忘れちゃったじゃん。でもまあ、部屋の用意とかは出来ると思うんだけど、有希が警戒しない、という方が難しいよな」
やっぱり甘いものは好きじゃないみたいだ。
先ほどの駄々こねの面倒くささは、俺を困らせたかっただけに、わざとやったと確信する。
「そんな相手が学校にね……うーん。候補を挙げるとしたら、金持ちのクラスメイト。後輩は……読書部の奴しかいないし、付き合った感じなさそうだからな」
話を変えるのに失敗したせいで、恭弥の推理は進む。
蓮君まで候補に入れるなんて、それはさすがに相手に対して失礼だろう。
「先輩だって、俺の知る限りでは監禁されるまで親しい人いなかったもんな……そうなるともしかして……大人ってことになるのか?」
「ごほっ! ごほっ!」
顔に出しちゃ駄目。
そう気をつけていたせいで、俺は逆に咳き込んでしまった。
自分でも、これは分かりやすいと呆れてしまう。
「ふーん、なるほどね」
恭弥はそこまで驚いた様子なく、むしろ納得の表情で頷いた。
俺はそれに対して肯定も否定もせず、ただ寄りかかっていることしか出来なかった。
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