第9話 可愛い? 後輩です
部活と言っても、部員が2人しかいないから、実質的には同好会のようなものかもしれない。
俺は部室と呼んでいいのか分からない、物置と化している教室の扉を開けた。
「やっほー」
「……遅いですよ。昨日も来ませんでしたし」
「ごめんごめん。色々あって」
「また、例の彼氏ですか?」
「いや……そっちじゃないんだよね。ははは」
俺が引きつった笑い方をすると、先に教室にある椅子に座って待っていた
「何かありました?」
やはり彼に隠し事は出来ないみたいだ。
俺はごまかすように笑って、そして定位置である椅子に座った。
「あー、本当、ここ数日で色々あったからね。なんか混乱していてさ」
「だから最近、様子がおかしかったんですね」
「そんなに分かりやすかった?」
「いつも見ていますから」
なんてことの無いように言っているけど、だいぶ恥ずかしい言葉だ。
俺の方が恥ずかしくなって、そっと蓮君の手にある本に視線を移す。
「きょ、今日は何について読んでいたんだ?」
「誘拐犯と恋に落ちた人の話です」
「ぶふぉっ! 何でそんな本?」
「話題作だったので。それが何か?」
「い、いいや」
たまに分かっていてわざとやっているのではないかと思ってしまうけど、顔色を窺ってみても変わった様子もないから、本当に偶然らしい。
「どうなの? 面白い?」
「話としては悪くないですけど、胸糞悪いですね」
「む、胸糞悪い?」
基本的に、小説の悪口を言わない蓮君にしては珍しい。
そんなに内容が酷いのだろうかと、興味が湧く。
「誘拐犯に恋をする主人公がですね。単純で、献身的過ぎて、愚かに見えます」
「お、おう」
なんでだろう。自分のことを言われているみたいで胸が痛い。
「第一、いくら優しくされたといっても、どうして犯罪者を好きになるんですかね。隙を見て、反撃すればいいのに」
「……好きにならなきゃ、殺されると思ったから」
「何か言いましたか?」
「ううん。何でもない」
あの時は、それが一番安全だと判断したのだ。
愛していると言っても、その気持ちがいつ変わるか分からない。
頑なな態度ばかり取っていたら、いらないと切り捨てられるかもしれないという恐怖があった。
「その話の結末、読み終わったら教えてよ」
「いいですけど。自分で読んだ方が早いんじゃないですか?」
「んー。俺は最後まで読めそうにないから。気が向いたらでいいからお願い」
「読書部部長にしては、駄目駄目な言葉ですね。まあ、分かりました。読み終わったら教えます」
「ありがとう」
きっと小説の中の2人は、ハッピーエンドで終わるのだろう。
俺とは違って、捨てられることなんて無いはずだ。
物語にもならない俺の話は、誰かに聞かせるものではない。
「それで? 今日は何で遅れたんですか?」
「ああ。友達に引き留められて」
「え。先輩、友達いたんですか?」
「さすがにそれは酷い」
「冗談ですよ。友達というと……あの黒咲さんって人ですか」
「その通り。本当によく知っているなあ」
俺よりも俺のことを知っている気がしてきた。
「まあ、最近一緒にいるのを見ましたから。あの人も面倒くさそうな感じですよね。子供っぽいし」
「はは。言えてる。遅く帰ると拗ねるから、昨日来なかった分際であれだけど、今日は早く終わりにしてもいい?」
「部長なんですから、好きにすればいいと思いますよ。今日、来ただけでいいです」
「実は昨日来なかったこと、根に持っている?」
「さあ?」
これは昨日、公園で遊んでいて来なかったと言ったら、先輩としての色々な何かを失ってしまう。
絶対に秘密にしておこうと心の中で誓って、俺は機嫌を直してもらうためにカバンの中を探って目当てのものを取り出す。
「ほら。これ食べて落ち着いて」
「何ですかこれ……チョコ?」
「俺、このメーカーの好きなんだよな。それ期間限定で去年も似たような味出ていたんだけど、美味しかったんだよ。だから食べてみて」
「ありがとうございます」
一口サイズのチョコを手のひらにのせてあげれば、首を傾げながらも受け取ってくれた。
「こんなもの、何の足しにはなりませんけどね」
「すでに口に入れている人が言うセリフじゃないな。どう? 美味しい?」
「先輩、こういうのの好みは信用できますよね」
「素直に美味しいって言えよ。ひねくれているな」
「大事なことは何も言ってくれない先輩には言われたくないです」
チョコを食べながら文句を言うので、先輩として髪をかき乱す。
心配してくれているのは分かっているのだけど、さすがにドロドロとした恋愛相談をするわけにもいかない。
そもそも恋人の存在だって、教えるつもりも無かった。
勘のいい蓮君に、半ば誘導尋問のように言わされていたのだ。
何とかその相手が彼だということは言わなかったけど、それもバレているような気がしてならない。
「先輩って、基本的に人を見る目が無いですよね」
「ははは」
また核心を突くような言葉に、笑って返しておいた。
油断はならないけど、可愛い……後輩である。
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