第5話︎︎ 気持ちが分かりません、もういいです
なんで、彼があんなところにいたのだろう。
あれから少し視線をそらした間に、煙のように姿を消していて、いなくなってしまっていた。
それでも幻覚や見間違いではないと、断定出来る。
付き合っている時であれば、俺が誰かと楽しそうに話しているだけで、間に入ってきていたのに。
明らかにキスしていたのは見えていたはずなのに、何も言わずにいなくなってしまった。
それは俺に気持ちが無くなったと、そう証明しているようだった。
思ったよりもその事実に対して、ショックを受けていない自分がいる。
早すぎると言われるかもしれないけど、いつの間にか俺の中で気持ちを上手く処理しているようだ。
「恭弥、そっちはどう?」
「順調順調。もう少しで繋げられるんじゃねえか?」
「よし。それじゃあ、水汲んでくるな」
それよりも今は、こっちの方が大事である。
キスをして何かが始まるかと思われた俺と恭弥は、童心に返って砂場でトンネルを掘っていた。
あの後、気まずくなるかと思いきや、唇を離した恭弥はなんて事の無いように言った。
「……なーんてな」
「は?」
そう言って笑うと、パッと後ろへ飛ぶ。
「俺と有希が恋愛なんて、そんなのありえないだろ」
「恭弥……まさか騙したな!」
おかしいと思ったのだ。
恭弥が俺のことを好きなんて、そんな天変地異が起こるわけがない。
俺を励ますためなのだろうけど、それにしてはあまりにも捨て身すぎる。
俺は何だか気が抜けて、その場にへたり込んだ。
「もしかして俺のテクニックに腰砕けになった?」
「馬鹿。そんなわけないだろ。馬鹿」
ムカつくことを言ってきたから、ちょうどいい位置にあった膝を殴っておいた。
「いって。何するんだよ」
「俺の唇を奪った罪は重いぞ」
「うわ。夢見る少女みたいなことを言うなよ。キスの大バーゲンしてなかった?」
「そんなわけない。なんだキスの大バーゲンって。変態じゃないか」
連打していれば、笑いながら逃げられる。
そこまでキスを大事にしていたわけじゃないけど、まさか恭弥とするとは思わなかった。
俺は唇を押さえて、少し固まる。
「いや、そんな顔されると困る。罪悪感で殺す気か? ……あー、よし、遊ぼうぜ」
そんな俺を見て、自分の犯した罪をごまかすように、恭弥が走って砂場に一直線に向かった。
「……子供か」
呆れながらも、ゆっくりと立ち上がると後を追う。
「なあなあ。昔みたいにトンネル作ろうぜ。それで、水流す」
「分かった。芸術的作品を作るか。今更、学校に戻れないしな。これ、親に連絡行くんじゃないか?」
「そん時はそん時だろ。一緒に怒られようぜ。そうだ。久しぶりに有希の家に泊まらせてよ。どうせ、家に親がいないんだし」
「図々しいな。まあいいよ。徹夜でゲームな」
トンネルを作りながら、今日の予定を立てていく。
恭弥の家に行くのもこの前が久しぶりだったが、家に呼ぶのなんてさらに久しぶりである。
これが普通の高校生の日常なのに、懐かしく感じてしまう。
いや、トンネル作っている時点で、小学生の日常かもしれない。
「よし、水流すか」
子供が忘れたのだろう、可愛らしいバケツ一杯に汲んだ水を慎重に流していく。
こういう時のワクワクは、やはりいくつになっても変わらない。
「どう?」
「んー、まだ……お、きたきた!」
恭弥も同じ気持ちのようで、いつになくテンションが高かった。
「久々に作ったけど、体が覚えているもんだな」
「懐かしいよな。最近、こんなに楽しいと思うことがなかったから、なんか……」
彼と過ごした1年は幸せだと思っていた。
愛し愛され、ずっと2人で生きていられる、それが幸せだと思いこんでいた。
彼によって、そう思い込まされていたのかもしれない。
俺をここまで変えておいて、飽きたおもちゃのように簡単に捨てるなんて、なんて身勝手。
怒りが湧いてきた。
「あー! よし! もう吹っ切れた!」
向こうがもう俺のことを他人だとするのなら、俺だって忘れてやる。
「おーおー、その意気だ。そんなメンヘラクソ女なんか捨ててやれ」
意気込みに合いの手が入ったが、その言葉に違和感。
そういえば言っていなかったかと、訂正を入れる。
「女じゃなくて、男なんだけど」
「は?」
「付き合っていたの。男」
「おまっ、そういう大事なことは早く言えよ! へ、有希そっちなの?」
「そっちというか、そっちにさせられたっていうか……え、知っていたから、キスしてきたんじゃなかったの?」
「あれはただの嫌がらせだよ。だから、なんかちょっと受け入れたのかよ。嫌がらせになんないじゃねえか」
「立派な嫌がらせだったよ。ありがとう。お礼に一発殴ってやる」
引かれなかっただけ良かったけど、それでも嫌がらせのレベルがおかしい。
俺はもう少し強めに殴るべきか迷う。
恭弥なら大丈夫だ。死にはしない。
「まあまあ。え? 俺の知っている人? それとも知らない人?」
引かない代わりに興味を持たれてしまったうようで、グイグイ聞いてくる。
「あー、えっと……まあ、うん」
それが知っている人だからこそ、俺は答えづらかった。
さすがの恭弥だって、担任の名前を聞いたら、こんな余裕な表情をしていられないだろう。
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