第4話 失恋には新しい恋を





 新しい恋と言われたが、すぐに実行できるわけではなかった。

 そんなすぐに、次の好きな人が見つけられるわけがない。


 それでも俺にとって、次の目標にはなった。



 夏休みが終わり、イメチェンした姿で登校した俺は、おおむね好意的に受け入れられた。

 中には格好いいとお世辞を言ってくれる人もいて、優しいクラスメイトで嬉しい限りだ。


「それで? いつ合コン行く?」


「いや、まだ行くって決めていないけど」


「かたいこと言うなよ。有希ゆうきが来るって言えば、向こうのメンバーも集まるからさ」


 イメチェンをしてから、なれなれしく話しかける人が増えた。

 その誰もが女子との交流を進めてくるので、少しうんざりしている。

 今話しかけているこの人だって、顔は見たことがあるけど名前は知らない。

 そんな人と合コンに行ったところで、楽しめるとは思えない。


「考えとく」


「ありがとう。それじゃあ、またな」


 とりあえず受け流せば、了承したと思ったのか満足して去っていく。

 絶対にあの人とは行かない。

 俺は心の中で決めると机に伏せる。


 何かが変わるかと思っていたが、何週間経っても大きな変化は無かった。

 彼のことは忘れてやる。

 そう決めたのに、この体たらくだ。


「よ、色男。何か悩み事かな?」


「……恭弥」


 誰も関わるなオーラを出していても、話しかけてくるのは1人しかいない。

 顔を見るまでもなく名前を言い当てると、ゆっくりと顔を上げた。


「毎日のように告白されて、合コンに誘われて。さすがだな。羨ましい限りだよ」


「全然、思ってもいないくせに」


「まあな。俺ならうんざりだね。ご愁傷様。それで、新しい恋は出来そう?」


「この状況で出来ると思う?」


「無理そうだな。はは」


 他人事だと思って、恭弥は無責任に笑う。

 俺は机に頬をのせて、目を閉じる。


「恋なんて、どうやってしたらいいのか分からない。……俺にとって、あれが恋だと思い込んでいたから」


 ドロドロに愛されて、息も出来ないほどに溺れて、そして鳥かごの中に2人でこもる。

 なんともまあ、初心者にしてはヘビーな恋愛を経験してしまったものだ。

 これから普通の恋愛が出来るだろうか。


 そんな心配をしてしまうぐらい、あの1年は濃密すぎた。


「合コンとか無理そうだな。……新しい恋なあ。俺が言ったことだから、最後まで面倒を見るか。よし! 俺についてこい!」


「は? ちょっ、待てって!」


 このまま一生恋なんて出来ない気がする。

 そんな心配をしていれば、恭弥が俺の腕を引っ張って、無理やり立ち上がらせてきた。

 そして教室を飛び出す。


「授業が始まる時間だぞ、どこに行く?」


「ちょっと青春してきます! すぐに戻りますんで!」


 廊下で担任と出会い注意をされたが、恭弥は馬鹿みたいなことを言って脇を通り抜ける。

 俺は先生の顔を見ないように下を向いて、抵抗することなく一緒についていった。





「それで? 青春するって、ここで何するつもり?」


 授業をさぼって学校まで抜け出して、恭弥が連れてきたのは公園だった。

 小学生の頃、よく遊びに来ていた2人の思い出の場所である。


 懐かしいけど、ここで一体何をしようというのか。

 鬼ごっこや、秘密基地でも作ろうとしているのだろうか。

 まあ、それも楽しそうだけど。


「まあまあ。雰囲気作りだよ。こういう時は、2人の思い出の場所に行くのが定番だからな」


「定番? 何の?」


「ん? 告白のさ」


「ふーん告白ねえ………………って、はああ!?」


 俺の耳がおかしくなったのかもしれない。

 いや、きっと意味が違うんだ。


「なるほど罪の告白か。そのレベルによっては、許してやってもいい」


「違う違う。そっちじゃないから。ていうか、分かっていてわざと言っているだろ」


 話をそらして場の空気を変えようと思ったのに、恭弥はのってくれない。

 そのあまりのシリアスな空気に、俺は息を飲んだ。


「有希……俺達、今までずっと一緒にいたよな。それこそ、こんな小さい頃からさ」


「俺達が出会ったのは、幼稚園からだよな。それだと、腹の中から一緒だったみたいに見える」


「はは、同じもんだろ」


「いや、何をもって同じって言ってるのかな。全然違うでしょ」


 もしかして頭をどこかに打って、おかしくなったんじゃないか。

 心配になってしまうぐらい、話が通じない。

 病院にでも連れておこうか、そんな計画を立てていると、手を取られる。


 そして両手を包み込むように握られ、恭弥の顔が近づく。

 スローモーションのように近づくのを、俺はただ見ていることしか出来なかった。


「とにかくさ、失恋には新しい恋だって言っただろう。だから、俺と恋愛しようよ」


「……は」


 唇に触れる感触は久しぶりのもので、俺は驚きから目を開いたままキスを受け入れる。


 どうしてこんなことに。

 混乱して焦りながら、助けを求めるように視界をさまよわせた俺は、公園の入口に人が立っているのに気づいた。


 こんな場面を、学校に近い場所で見られたら、噂が広まってしまう。

 それはまずいので俺はどうごまかそうかと、その人の姿を目を細めて見た。


 そして驚きから、喉から声にならない悲鳴を上げる。

 そこに立っている人を、俺はよく知っていた。


 でもどうしてここに。

 そんな疑問がわいてくるが、答えは出てくるはずがない。





 俺達のことを温度の無い目で見ているのは、俺を捨てたはずの彼だった。





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