第2話 イメチェンしましょう





「イメチェンしようと思う」


「急にどうした? 頭おかしくなったか」


「もっと他に言うことがあるだろ」


「突然シリアスな雰囲気を出してくるから悪いんだよ。さっきまでペンでタワー作っていたくせに。もう飽きたのか?」


「ペンが足りなくなった。ピサの斜塔はこれで完成」


「発射間近のロケットでも作ってるのかと思った。絶対に落ちるやつな」


 俺の芸術的作品を分からない友人の恭弥きょうやに、肩パンをお見舞いすると、髪を一房持ち上げて見つめる。


「手始めに髪を切ろうと思うんだけど、どう思う?」


「男の髪型なんてどうでもいいから、勝手にすればいいと思う」


「マジで殴っていい? 一応、真面目に聞いているんだけど」


「それじゃあ真面目に返すけど、自分の好きなようにすればいい。他人に決めてもらうんじゃなくてさ」


 ふざけているかと思ったら、急に真面目に返されひるんでしまった。

 意外に人のことをよく見ているこの友人は、俺の事情を知らないはずなのに、最適な答えを導き出した。


 イメチェンをしようと思っていたのは本当だけど、どう変えたらいいのか分からなかった。

 今まで彼の好みに合わせて、自分の姿を作ってきた。

 それが急に解放され、自分というものを見失っていたのだ。


 でもこれからは好きなように、自分を取り戻していけばいい。


「……ありがとうな」


「え、お礼言われるとか。気持ち悪い」


「本当にマジで強めに殴っていい? 感動した俺の気持ちを返してくれ」


 感動の場面かと思ったら、お礼を言うと心底気持ちの悪そうな顔をされたので、俺は本気で殴ろうかと迷ってしまった。

 それでも気持ちは随分軽くなった。

 俺は小さく息を吐くと、目の前で積み重ねていたペンを崩した。


「あー、やっぱり落ちた」


「いや……崩したんだよ。形あるものは、いずれ崩れるってな」


「うわ。いいこと言っている風出してる」


 今度こそ俺は、強めに殴ってしまった。





 失恋したから髪を切る。

 いつの話なんだと思われそうだし、自分がこんなことをするタイプだと思っていなかったけど、今なら分かる。

 これはけじめと、後は振られた相手の中にある思い出の自分のままでいたくないという、そんな気持ちから切るのだ。



 俺は今まで一度も来たことが無いような、おしゃれな美容院に訪れていた。

 なんかおしゃれな音楽が流れているし、店員の髪形もおしゃれだし、ここにいる人全員俺以外はおしゃれだった。

 完全に場違いである。

 俺は椅子に座りながら、周りの人に馬鹿にされているような気がしていた。


 いつも髪は、彼が切るか御用達の美容院に連れていかれて切っていた。

 でも忘れるために切ろうとしているのに、そこに行けるわけが無かった。


 俺は何とか覚悟を決めて、店員との時間を乗り越えることにした。





「……どうなんだろう?」


 かなり短くなった髪の毛をつまんで、俺はぼやく。

 店員に勧められるままに頷いていたら、気が付けば今までで一番というぐらいの短さになっていた。


 元々は、肩につきそうなぐらいの長さだったのに、今は指でつまむのがやっとなぐらいだ。

 髪も明るめな茶色だったが、暗い方が似合うと言われて青みがかった黒に染められた。


 最終的な出来上がりに店員は満足そうにしていたけど、鏡の中の俺は見慣れない姿だった。

 これが似合っているのかどうなのか、自分では分からない。

 先ほどから視線をたまに向けられることもあって、余計に似合っていないんじゃないかと心配になる。


「……後は、服装でも変えるかな」


 でも切ってしまったものがすぐに伸びるわけではないので、今は諦めてイメチェン計画を進めていくことにする。

 彼の好みに合わせて、ユニセックスな服ばかり着ていた。

 それが体格にも髪形にも似合わない気がして、服装も変えたくなった。


 目星の店はもう決めてあるので、地図を確認しながら歩いていけば、迷うことなく店に辿り着いた。

 美容院と同じおしゃれな店構えに、胃がキリキリと痛んだが、新しい自分になるためだと言い聞かせ手と足を同時に動かして中に入った。





「……どうなんだろう?」


 俺は服を軽く引っ張って、首を傾げる。

 店員に勧められるまま、上から下までコーディネートされたが、これが似合っているのか分からない。

 白いシャツにベージュのワイドパンツというシンプルな服装のせいで、これでいいのかどうか心配で仕方が無い。


 今まで着たことが無いが、店員はいい笑顔で見送ってきたので、何も言えなかった。


 短くなった髪は心もとないし、ゆったりとした服は落ち着かない。

 でもこれが、新しい自分に変わった証拠だと考えれば、悪くない気分だった。



 こんな風に変わった姿は、まずは恭弥に見せなくては。

 自分では評価出来ないので、他人に厳しい彼に確認してもらうのが一番である。

 そうと決まれば、さっそく行こう。


 もう何度も家に遊びに行ったことがあるから、調べなくても迷うことはない。というか昨日も来た。

 俺は見慣れた道を進む途中、彼のことを思い出す。


 こんな風に変わってしまった俺を見たら、どう思うのだろう。

 驚いてくれるのか、それとも捨てた人間にもう興味はないのか。

 どちらにせよ、よりを戻すなんておとぎ話はありえない。


 俺は深いため息を吐いて、そして自分の頬を強く叩いた。

 もう終わった話だ。思い出したところで、どうにかなるわけじゃない。

 早く前に進むべきだ。


「よし! もう考えるのは止めだ!」


 家が視界に入り、俺は駆け足で向かった。

 そしてその勢いでインターホンを鳴らし、すぐに出てきた恭弥にイメチェンした自分の姿を見せれば、開口一番に叫ばれた。


「っなんだ、このイケメンがっ!!」


 その叫びは褒めているのかけなされているのか、俺は判断に迷った。




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