ある生物学者の手記 #2


あのウィルスについては、こうして私がその人為性を認める前から、世間の一部では生物兵器の噂が流れていたわけだが、この場でその噂に回答しよう。

あのウィルスは生物兵器である。

疑り深い方は、ワクチンを作成できないウィルスなのであれば、生物兵器として成り立たないのではないかと思うに違いない。こちらが有効なワクチンを持っているからこそ、相手に対して絶対的な優位性をもって兵器として使用することができるわけだから。味方をも巻き込む生物兵器を使用することなど、自殺行為に等しいと。

その論理は間違いではないが、優位性を生むのはワクチンの有無だけではないことに、長らく世界は気づいていなかった。そのことをこの国に気づかせたのはCOVID-19だった。

トップダウンの強権的な外出禁止令や都市封鎖によって早期にCOVID-19を終息させた国がある一方で、欧米各国は、自由主義の足かせのもと、強権的な対策をとれず、国民にマスクをつけさせることにすら苦労し、終息までに長い時間と犠牲を要した。特に、世界の覇権たるアメリカの傷が深かった。社会システムの違いによって、感染症に対する優位性を獲得できることに、この国は気づいた。

さらに生産能力に目を向ければ、自由主義経済の旗印のもと工場を海外に移転させつづけた先進国と、先進国の工場移転の受け皿になり、世界中の消費を支えられるほど国内に生産設備を抱えた国の間には、パンデミックによって物流が停止したときの忍耐力に大きな差が出てくる。生産設備を持たない欧米にとって、グローバル経済の停止は経済封鎖に等しく、長引くほどじわりじわりと疲弊していくはずだ。

万全を期すのであればワクチンに頼る他ないが、相手に対する優位性を獲得するためにはワクチンは必須ではなく、社会条件や文化、経済状況などの諸条件が揃えば事足りる。むしろ、ワクチンという短期間で獲得可能なものよりも、そういった社会的・文化的な要素のほうが、相手には真似できない絶対的な優位性となる。その気づきがこの国をあのウィルスの開発に走らせた。

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