ソーシャルワクチン
伊達 慧
ある生物学者の手記 #1
あなたがこの文章を読んでいるということは、2030年の今、パンデミックを引き起こしているあのウィルスの製作者が私だと認知され始めたということだろう。
星の数ほどもあるウェブページの中から、偶然、ここに行き当たる確率というのは限りなく低いはずだから。
とはいえ、天文学的なめぐり合わせであなたがここにたどり着いた可能性もゼロではない。もしもあなたが意図せずこのページを開いているのだとしたら、ここに書いてある内容は頭のおかしな人間の戯れ言だと割り切って、立ち去るなり、話半分で読み進めるなり好きにして欲しい。それはあなたの自由だ。
生みの親の立場から、あのウィルスの特徴について説明しよう。
様々な研究機関から発表されている通り、潜伏期間はおおよそ1ヶ月で、感染経路は空気感染だ。熱は出ず、倦怠感以外の自覚症状はほとんどない。感染すると徐々に赤血球の機能が失われる。血液の酸素運搬能力が低下するので、疲れが自覚されるわけだが、疲れただけで病院に行く人間はほとんどいないだろう。そんなことになれば医療システムはパンクする。症状が進行すると息苦しさを感じてくるが、そうなったときにはすでに手遅れだ。血液をすべて入れ替えるくらいしか助かる方法はない。
遅効性の毒のように進行し、発見されたときにはすでに多くの人間に感染させている。それがあのウィルスのコンセプトであり、それを実現するように私はあのウィルスをデザインした。
先日、有望とみられていたワクチンの臨床試験が重篤な副作用で中止に追い込まれたが、それも私のもくろみ通り。あのウィルスの抗原は一般的な人間が持つものに意図的に似せてある。つまり、あのウィルスに有効なワクチンを投与すると、人間の免疫系は健康な細胞とウィルスに感染した細胞の区別がつかなくなり、どちらも攻撃してしまう。
薬は毒だとよく言ったものだが、効果的な薬が人間に対して限りなく毒に近づくようにするというのも、あのウィルスの設計課題だった。
そう、あのウィルスに効果的なワクチンは原理的に存在しないのだ。生みの親の私が項宣言したことで、世界は絶望の淵に立たされるだろうか。それとも、私が想像もしていない方向から、特効薬が登場するのだろうか。
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