6話 笑いと仮面は勧誘と共に
2016年 7月23日 PM 15:10
国名/ジナド
州/ノースウィリアクリムルーズ フォレストシングソン
場所/ノース・ビアホテル 東5階
季節/夏
今日は、裏オークション開催当日だ。
ホテルの向かい側が開催場所、ブリーム建設株式会社と書かれたビル、実際こんな名前の建設会社は存在しない。
場所の名前に疑問を抱いたので調べたが出てこなかった。
おそらく、裏取引の仲介場所として作られた物なのだろう。
手元の資料を見る。
建設会社の地下で開催され、開始時間が20時と書かれていた。
そして、印持者の女の子が売られる時間は22時。
建設会社の地下が開くのが19時からなので、それまでどうやっても行く事はできない。
ココアを除いて。
地下の警備は厳重だが、虫や小動物に変身できるココアは容易に潜入できる。
フィルナは、絶対帰えるために欠けてはいけない人間なので、外の近くで待機してもらう。
救出できなかったり、ココアか俺が死んだら、救出は難しくなるからな。
緊急事態が起こった時は、急いでロギエに帰る予定だ。
今、ココアはネズミに変身して潜入してる。
フィルナと俺は、裏オークションに入れる時間まで、ホテルの部屋にいた。
「き、キリルさん。そ、外で待っている間にお腹が空くので。そ、その、軽食買ってきていいですか?」
「あぁ、そうだな。行ってきな」
そう言ってフィルナは部屋を出た。
俺は、今日の新聞紙に目を向ける。
9月21日12時30分頃、ノース薬品工業株式会社の特別待合室から、会長と社長の死体が発見された。
部屋の家具が中心に集められており、2人とも腹部を裂かれていた。
指紋や犯行に使われた物は発見されておらず、当日待合室で2人に会った男性を犯人とみて現在警察が捜索を進めている。
と書かれていた。
一昨日、俺が部屋を出た後、何者かによって2人は殺された。
2人に会った男性とは俺のことだろうが、もちろんやってないしやる意味がない。
会長が渡した情報がもし罠ならこんなことをやる必要はない。
会長が死ぬのは逆効果だからだ。
だが、罠じゃなかったとしても、裏オークションというのは怪しくなってきた。
リーダーにこのことは伝えるべきだが、現在リーダーは出かけており、家には誰もいない。
せめて、ウェンクスがいてくれればな。
ウェンクスはうちの組織のリーダー代理だ。
リーダーが出かける時、代わりに家にいてみんなを仕切るのだが、みんな長期任務にあたってる。
そもそも、この新聞を読んだ時にはココアは潜入しており、引き返すことはできない。
「せめて、これが罠か分かればな」
思ったことを独り言として呟く。
「罠か教えてあげましょうか?」
誰も返答するはずがない独り言に、窓のカーテンの人影が低い声でそう言った。
「誰だ!」
すぐ懐から拳銃を取り出し、人影に向かって銃口を向ける。
「おやや、怖い怖い。まぁ変なところから現れましたししょうがないですね。くふふふ」
カーテンから人影の正体が現れる。
その正体はタキシードを着て、シルクハットを被り、ペストマスクをつけていた。
「お前は誰だ。脳天にぶっ放すぞ」
「いやや、ただ罠かどうか教えてあげようと思っただけですよ。Mrキリル。うひひひ」
何故か俺の名前を知っている。
拳銃を握る力が強くなる。
一昨日2人をやったのはこいつか?
「なんで俺の名前を知っている。会長と社長をやったのはお前か」
「くふふ、それは私ではありません。仲間がやりました。あっ、そうそう名乗るのを忘れてましたね。いひひひ、申し遅れました、ディーノ・ジナット・ジョムフと言います。ラストネーム、ジョムフって読んでくれて結構ですよ。ぎひひひ」
喋り方が奇妙なやつだ。
2人をやったのがコイツの仲間と言うのは、本当かどうか怪しいものだ。
しかし、何故こいつはここに現れた?
「お前の目的はなんだ」
「いひひ、お前ではなくジョムフですよ。まぁ、いいですけど。本題ですが、単刀直入に言えば、私達の仲間にならないかと。ぐふふふ」
俺はここで戦闘になったり、仲間を人質にしたりするのかと思ったが、驚くことに仲間にならないかと聞いてきた。
普通に考えて怪しいし、こんなイカれた奴らがいるところには行きたくない。
「断る! 何故お前の仲間にならなきゃいけないんだ」
「うひひ、勧誘した理由は3つあります。1つ目は、Mrキリルが物を生成する能力を持った印持者だから。2つ目は、同業者だから。3つ目は、Mrキリルの目的を知っているからですよ。いひひひ」
1つ目と2つ目は分からなくもないが、3つ目に言った事が衝撃的だった。
俺の目的はリーダーしか知らないはずなのに、こいつは飄々ひょうひょうと知っていると言った。
「お前は何を知っていると言うんだ」
「おやや、知ってますとも目的なんて、父と義母と義妹を殺した対象への復讐ですよね? これを言って違うなんて言われればお恥ずかしい限りですが。えひひひ」
こいつは、何故知っているんだ。
俺らの組織の情報は筒抜けなのか?
このことはリーダーにしか話した事がない。
「ぐふふ、その表情は図星ですね。仲間に入れば情報とかお渡ししますけど、いかがでしょうか。Mrキリルにとって、損はない話だと私は思いますけどね。うひひひ」
3年間、俺はこの組織に入ってその目的を果たすために続けてきた。
だが、今まで情報は一つも見つからなかった。
俺はもう後悔はしたくない。
いいだろうという言葉が、喉から出そうになったが、すぐに止まった。
入って1年くらいなら、すぐ了承していたかもしれない。
でもそれをしないのは、この組織に愛着が湧いているからだ。
リーダーへの恩義があるからだ。
「断る」
俺ははっきりとそう言った。
もう後悔はしたくない。だが、そう安易と敵かもしれない奇妙な奴の言う事を聞くのは、もっとしたくない。
何より唐突すぎて、めっちゃ怪しい。
こいつは、俺の返答が想像通りじゃなかったのか、マスク越しに親指で顎を掻き、うーんという声を出した。
「えひひ、そうですか、まぁいいでしょう。勧誘失敗ですね。とほほほ」
「そうだな。俺を無理矢理にでも連れて行くのか?」
物を生成する能力を狙っているって事は、何か欲しいものがあるのだろう。
だから俺は、こいつが無理矢理にでも脅して能力を発動させようとするのだと思った。
「いやや、それはやめておきます。私達は脅しではなく信頼できる関係を作りたいので、いふふふ」
「会長と社長を殺した仲間がいる時点で、信頼は難しいと思うがな」
このオークションも会長と社長も、俺を呼び出すダシにされたのだと思うが、用が済んだ者を殺すような人間は信頼できない。
そもそも、俺を仲間にしたいなら逆効果だとは思わないのだろうか。
「あはは、それを言われたら困りましたね。確かにそれじゃあ信頼は勝ち取れない。まぁ、あの子が悪いので充分に言い聞かせときましょう。ぐふふふ」
「もし仮に、あの2人を殺してなかったとしても、お前のその変な喋り方で、仲間になりたいとは思わんがな。俺の仲間より酷いぞ」
フィルナの最初だけ噛む言い方以上にこいつは変だし、仲間になりたいどころか、こいつの知り合いと思われるのが普通に嫌だな。
俺は気づくと相手に向けていた銃口を下ろしていた。
こいつが妙な真似をしたらすぐ撃てるが、この様子だと本当に勧誘しにきた感じだ。
「いやや、この口調は私の印の代償のせいでして、そこは大目に見てくれないですかね。くひひひ」
「無理だな」
印持者の代償にこんなのもあるのか、つくづく思うがこの印は変わっている。
忘れていたが1つの疑問が浮かんだ。
「お前に1つ聞きたい事がある」
「おやや、なんでしょう。ぐひひひ」
「裏オークションに売られるのは人間なのか?」
オークションを俺の勧誘のダシにしたなら、オークションなんて元々ないはずだ。
嘘ならすぐ帰った方がいい。
「いやや、オークションが嘘じゃないかって思ってるんですね。オークションは実際にやりますよ。売られるのは勿論人間です。企画者は私じゃないんで詳しい事は知りませんけど。くふふふ」
オークションは実際にやるし、しかも売られるのは本当に人間なんてな。
企画者は私じゃないという事は、こいつの仲間が企画者だ。
さっき口から出かけた言葉を止めた自分を褒めたい。
「あはは、そういえば、売られるのは人間ですけど、印持者じゃないですよ」
「は?」
急に言い出した言葉にびっくりした。
印持者じゃない? じゃあ何故オークションに出しているのか、子供なのに、親はどうしたんだ。
何にせよ、こいつ俺を仲間にする気あるのか?
「いひひ、驚きのようですね。実は最初は私も印持者だと思っていました。ですが、能力は発動できないし、今までに見つかった印持者の印とどれも当てはまらないので、印持者と偽って売られた子供だったという事になったんですよ。えひひひ」
「何が、売られた子供だっただ。なんで売るんだ!」
「あはは、そりゃ、買った分は売らないと損ですからね。Mrキリルも暗殺者ならわかるはずです。綺麗事で済む話なんてそんなにない、人は理性ではなく感性で動く。表面に立っているやつだってそうだ。ルールを守ると言っても、欲によって裏から破る奴もいる。そもそも貴方もそうでしょう、密入国して、オークションで売られるのに、盗もうとした。子供を取り返すと言っても、貴方は他のルールを破った。違うと言わせませんよ。うひひひ」
ぐっ、言い返したいが、事実だった。
「だとしても、子供に人権はないのか。そもそも印持者に人権はないのか。生きる自由は誰しもあるはずだ。差別され、迫害され、印持者ならそれぐらいわかるだろ」
「ぎふふ、はい、わかりますよ。印持者が特別ではない事への不満」
「は?」
「印持者が特別扱いされるのは然るべき事実ですね。能力も使えない人間よりも、我々の方が上にあるべきだ。なのに何故差別されるのかおかしくて仕方ありませんね」
こいつと価値観が決定的に違う点が、俺にはあった。
こいつとは根本的に違う、犯罪に手を染めた理由。
俺はみんなが対等である事を求めている、だからこそ不平等な世界に対する不満。
こいつは、印持者が格上で頂点に立つ事を求めている、だからこそ不平等な世界に対する不満。
「きっと、恐怖や嫉妬によって差別してるのだと、私は思いますけどね。いひひひ」
「俺は別に、印持者が頂点に立つべき存在だとは思わない」
「あらら、そうなんですか? 価値観の相違ですね。でも今の現状が不服なのは変わりないんでしょう? もう一度言いますが仲間になりませんか? 貴方の欲しい物は全て準備できますよ。ぐふふふ」
勧誘を辞めないんだな。
考えは変わらない、無駄な殺生はしたくないし、自分が上に立ちたいとも思わない。ただ、あの時俺たちがやられた事をやり返したいだけだ。
こいつと同じ事をしたとしても、復讐をやり遂げれば、まだ何かをやり直せる気がするから。
「断る。そしてお前の仲間には悪いが、オークションに売られる子は救出させてもらう」
「あらら、そうですか。でも、勧誘は諦めた訳ではないので、私以外の人が来るかもしれません。それと、オークションに売られる子に関しては仲間に言って下さい。私はもう帰るんで関係ないので。いひひひ」
「もう2度と来て欲しくないがな」
「あはは、そう言わないで下さい。いつでも貴方の復讐に手を貸しますよ。では。ぐふふふ」
そう言ったあと、ペストマスクをしたジョムフと名乗る男性は窓から消えた。
俺を勧誘するなんて、どっから俺の情報を仕入れたんだ?
俺の目的、リーダーが見せた方がいいと言った……
リーダー!
考えたくなかったが、1つの結論に辿りついた。
俺の情報を売ったのはリーダーかもしれないという事。
違うかもしれないが、その線が濃厚だ。
そう考えていると後ろから、ドアがガチャっと開く音がした。
「た、ただいまです」
フィルナは、菓子パン、メープルクッキーの入った箱、牛乳の入った袋を持っていた。
「お帰り、フィルナ1ついいか?」
「え、えっと、なんでしょうか」
俺はあいつらの組織に入るつもりはない。
だが、もしかすると……
「俺がこの組織を脱退するって言っても、フィルナは力を貸してくれるか?」
「えっ!?」
フィルナは、驚愕して持っていた袋を落とした。
まぁ、そうだろうな。
そりゃびっくりするだろう。
原因がわからないが、リーダーがもし俺の情報を売る奴なら、この組織から脱退しないといけない。
脱退したとしても目的は果たしたい。
フィルナはこのことは知らない。
巻き込んでしまうかもしれないが、断られるならそれでいいと思った。
そう考えていると、フィルナが泣きながらくっついてきた。
「うぅ、き、キリルさん。いなくならないで下さい。私がここにいるのは、キリルさんのおかげです! だ、だから、そんな事を言わないで下さい。何か不満があるなら、わ、私がそれをなくします。だ、だから」
フィルナがこんな行動に出るとは思わなかった。
脱退しても何かあったら、力を貸して欲しいと思いそう言ったんだが。
この様子だと、俺がいなくなるみたいな受け取り方だ。
「フィルナ、別にいなくなるなんて……」
「うわぁぁーん、いなくならないでー」
口調は変だけど、おとなしい子だと思っていたんだが、こんなに涙脆いのか。
というか人の話を最後まで聞かないし。
「うわぁぁーん。キリルさーん」
フィルナが泣き止んで、ちゃんと話を聞いてくれるまで1時間かかった。
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