5話 取引と対価は絶望と共に

2016年 7月21日 AM 11:50

国名/ジナド 

州/ノースウィリアクリムルーズ フォレストシングソン

場所/ノース薬品工業株式会社 3階 特別待合室

季節/夏


 俺は、ジナドで医療薬を作っている会社、ノース薬品工業株式会社に来ていた。

 これから、とある会長と取引をするのである。

 ココアとフィルナはいない。

 ココアは、「知らない人と堅苦しい話は、いやだからパス。そもそも、キリルがいればいいだけなんでしょ?私はいなくてもいいよね。昨日服破れちゃったから、ショッピングしてくるー」と言って、街のどこかに行く。

 フィルナは、知らない赤の他人と対面すると膠着状態になるため、一旦俺達の家に帰宅している。

 そもそも、なんで俺が取引しなきゃいけないかというと、今回の裏オークションで、印持者の女の子が売られるという情報提供してくれたのが、ここの会社の社長であり、情報提供をする代わりにある物が欲しいと言われたからだ。

 俺は初めて会うが、ここの会社の会長は前から知っていた。

 薬物を売ったり、製造してる奴らの暗殺を依頼してきてくれる、俺達暗殺者の御得意さんだからだ。

 会長は、薬物を売り捌いている奴らの所為で、自分の会社にも被害が出ていた。

 社長が各地域で経営している、ノースドラックストアという店があるのだが。

 薬物を売る奴らがその名前を偽装して、麻薬や覚醒剤を売り捌いた事件が何回もあった。

 今でも、その事件が時折起きていて依頼が来る。

 とりあえず、ある物を持ってくるため受付に行った。

 受付にいる女性に、会長と今日面会する者と伝えると、受付にいた女性は、驚いた表情をして、慌てて特別待合室へ案内された。

 まぁ無理もない、まだ24歳の青二才が会長と会うというのだ。

 待合室には、黒い横長のソファが、長方形の高価そうなガラステーブルを間に2つ設置されており、テーブルの上には、灰皿とメープルクッキーが添えられた皿。

 観葉植物は扉と窓側に置いてあり、白い壁には、子供が描いたと思われる、白髪のおじさんと子供が一緒にいる絵が、何枚も画鋲で固定して飾られていた。

 俺がそれを観ながらソファに座ると、受付にいた女性が淹れたての紅茶とスプーン、カップに入った砂糖とミルクをテーブルに置いた。

「会長が寄付した孤児院の子に書いてもらった絵なんですよ」

「へぇ、そうなんですね」

 受付にいた女性は、ニコニコしながらそう言って部屋を出て行った。

 壁に飾られている絵を眺めながら、メイプルクッキーを紅茶に浸してから食べていると、ドアからカチャという音がなる。

 ドアの方に顔を向けると、2人のスーツを来た男性が入ってきた。

 1人は、白髪で、おそらく60過ぎくらいのおじさん。

 もう1人は、少し暗い茶髪で眼鏡をかけている、30代後半くらいのおじさんで、大きなクーラーボックスを持っていた。

 前者は、飾られた絵を見るに会長だろう。

 クーラーボックスは、あれを入れるために持ってきたのか。

「少し待たせたね。えっと君は」

「キリル・グラチェフと言います。みんなからは、キリルと呼ばれているので、キリルとお呼び下さい」

 2人は反対のソファに座り、茶髪眼鏡の男性はクーラーボックスをテーブルに置いた。

「あぁ、Mr.キリルだね。前回もまたお世話になった。若い芽を摘む、犬の糞よりも底辺な害虫は駆除してやらないといけない。あと、うちにも被害が出るからね」

「はい、そうですね」

 会長は強く主張して言った。

 今ので分かったが、多分この会長は結構な子供好きだと思う。

 子供に危害を加える犯罪者をすぐ殺したくなるほどに。

 麻薬や覚醒剤を使っている人間は、大人の方が多い。

 しかし最近、中学や高校の学生も、どこからか入手して使用する事件が起きている。

 それが、この社長にとって許せない事なのだろう。

 しかしだ、確かに店にも被害が出ているが、普通なら暗殺者に依頼はせず、警察に捜査を任せたり、店の経営態勢を変えるはずだろう。

 孤児院に寄付したり今の言動から、子供の成長を邪魔するなら殺したって構わないという人間だと思う。

 そういう奴らに対して、警察の捜査や店の経営態勢に時間を惜しむからか、暗殺の依頼を何回もするのだろう。

「そういえば、メールではやりとりしていたが、会うのは初めてだったね。私は、この会社の会長、ロッキー・エンター・コットだ。隣にいるのは、この会社の社長のコーディ・マータル・フードだ」

「初めまして、Mr.キリル」

「初めまして」

 会長はわかっていたが、隣は社長だったのか。

 顔を見るに親と息子って感じはしないから、おそらく家族ではないな。

 それと、2人が俺の名前の前にMrとつけていたな。

 確か、ジナド流の社交辞令だったか。

 初対面の相手の名前を呼ぶときは、ファーストネームを言うとかだったはず。

 少し勉強していてよかった。

 俺はロギエ連邦の出身だ。

 母国語であるロギエ語、世界共通言語であるアルデア語、そして訳あって、ゼパング語を話せるが、俺はこの中で、アルデア語が苦手である。

 話せなくはないが、文字はそんな読めないし、国のマナーなんて知らない。

 うちらの組織の人間で、現状で話し合いするとなると、俺かリーダーくらいなものだろう。

 だから最近、文字は読めなくても、多少のマナーはできるようにしてる。

「本題に入るが、例の物を出してくれるかい?君たちを信頼して、前もって情報を渡したのだから」

「わかりました。クーラーボックス開けますね」

 俺はそう言って、クーラーボックスを開けて、その中に氷と共に入っていた、ポリ袋の上に右手をかざす。

 俺は印持者の中で、極めて稀な例の印持者だ。

 印が2つあるリーダーよりも。

 俺の印は、ハートとダイヤの印が混ざっている。

 右片方がダイヤで、左片方がハート。

 そして、印の上には数字が刻まれている。

 24/100

 24は今の俺の歳を払わしていて、100は俺の余命を表している。

 自分の余命を代償にして、能力を発動できる。

 また、自分以外の生物の命か価値のある物を代償にして、余命を回復できるという能力だ。

 しかし、余命は100までしか回復できない。

 どう転ぶにせよ、俺は100歳までしか生きれないということだ。

 能力を使いすぎて、この数字が今の歳になった時。


 俺は死ぬ。


 俺が思うに、この印の能力にとって、命は金であり、対価は俺の命で可能にできる物だ。

 老いていくごとにハイリスクになるが、リターンは変わらない。

 印が混ざっていて、数字が刻まれているだけでも珍しいが、珍しい事にこの能力は3種類ある。


 買う/余命を代償にして、好きな物を召喚できる。物によって払う余命は違うし、余分に余命を払えば、高品質な物となる。


 売る/物か生き物の命を代償に、自分の余命を回復する。物の場合、自分にとって価値のある物。

 思い出のある物→武器→宝石→それ以外、の順で俺にとって価値がある物だ。

 生き物の命を代償にする場合、武器を使わず、素手で相手を殺した時回復する。


 等価交換/余命を1年代償にして、半径5m以内なら同価値か同じ物を入れ替える能力。


 そして、今回使うのは〈買う〉能力だ。

 会長に取引条件として欲しいと言われた物は、肺。

 能力を発動すると、右手から健康な色をした肺が現れ、ポリ袋の中に入った。

 24/100→24/95

 内臓関連の物は余命を5年使う。

 俺がリーダーに料理を持って行った時、いつも、能力か暗殺したやつの死体かを聞いてくるのはこのためだ。

 俺は正直、俺が能力で出した物をリーダーに食って欲しい。

 その方が、リーダーの気にやまないから。

 だけど、何故かリーダーは出来るだけ避ける。

 理由は分からない。

 命を奪う自分への罰なのか、それとも殺した相手への償い方なのか。


「印持者の能力は、相変わらず原理がわからないな。ありがとうMrキリル」

「能力を発動するのを直で見るのは初めてで、驚きを隠せません」

 会長は、印持者の能力を知っている様だが、社長は初めてみたいだ。

 この2人は、俺達が印持者だと知っているが、政府に隠してくれてる。

 あまり能力を見せるのは、良くないことだ。

 だが、リーダーには、これからの事を考えると見せた方がいいと、言われた。

 何故かは聞かなかったが、リーダーなりの考えがあるのだろう。

「用は済みましたが、一つ聞きたい事があります。よろしいですか?」

「ああ、いいともMrキリル。何かね?」

 そう聞くと、少し会長の顔が険しくなった。

 もう帰ってもいいが、気になった事があった。

 それは、何故暗殺依頼しかしてこない人が、印持者の売られる情報をくれたのか。

 リーダーは、「いつも、ジナドで暗殺依頼をくれる会長から貰った情報だよ。交換条件だったけどね」と言っていた。

 少し嫌な予感がした。

 もし、裏があるなら、ここで始末しなきゃいけない。

「こちらがその情報を欲しいと思い、交換条件でくれたのは何故ですか?」

 もし、これで動揺するなら黒だと思っていたが、そんなことはなかった。

「ああ、聞いてなかったのかい、君のところのリーダーに言われたんだよ。印持者を探しているってね。それだけさ」

 急に明るく会長はそう話した。

 リーダーが、新たな仲間を探していただけだったようだ。

「そういう事でしたか、変な事を聞いてすみませんでした」

「別にいいとも、気になるのは当然の事だからね。私でもそういう話をされたら気になるさ」

 少し裏がありそうな予感がしたが気のせいだった。

「では、僕はもうこれで帰ります。また何か依頼があれば、すぐ処分しますので、これからも御贔屓に」

「ああ、今回は本当にありがとう。また何かあったら依頼するよ」

 俺は、その言葉を最後に部屋を出て行った。


ーーーーーーー


「いや〜危なかった。一瞬バレたかと思って冷や汗をかいてしまったよ」

 キリルがいなくなった、特別待合室で会長はそう言う。

「私もびっくりしました。あんな不思議な能力使う人間相手に、戦いたくないですからね」

 社長が、スーツの胸ポケットに入っていたハンカチを取り、汗を拭う。

「私が前から依頼している、あの人達の方が常識があるし、約束は守るから、やりたくはなかったがね」

「しょうがないですよ。あんな奴らに脅されたらどうしようもないですから」

 2人は緊張がとけ、ソファによりかかった。

 会長は、タバコを取り出して、先に火をつける。

「最初は普通にドナーが必要だから、お金で頼むはずだったんだがね」

「いきなりあんな奴が現れるとは…」

 会長は、吸ったタバコの灰を灰皿に落とす。


「あんな奴とは、酷いですねぇー」


 突如、2人の後ろから男性の声が聞こえた。

「「えっ!?」」



 キリルが部屋を出た後、その部屋に入った者は、奇声を上げたと言う。

 それは、誰であろうとその反応をするだろう。

 部屋中の家具が、真ん中に集まって山になっていた。

 そして、その山の天辺には、会長と社長が座っており、腹の上から真っ直ぐに切られて、内臓をぶちまけていたのだから。


 後に、社内の受付のカメラから、映っていたキリルが犯人とされ、3日後、ジナド中で指名手配された。

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