第2話 Black Eyed Sign

 初めまして、私の名前はサトリといいます。

 突然ですが、私がまだ小学校に通っていたころの話をさせてください。

 

 私は漠然と、謎めいた女の子という概念に憧れを抱いていました。

 教室の中で、私という人間は、価値の低い方だったと思います。

 誰かと言葉を交わすことがあっても、大抵の場合、ありきたりな冗談を言うことで相手を白けさせるようなことしかできません。

 だから常に「浅い人間だ」と侮られ、周囲についていくことができず、クラスにおける陰口や嘲弄の中で消費される存在になるしかなかったのです。

 一方、男子から人気を集めるような女子たちは、流行に敏感だったり、お洋服に対する自分なりの哲学を拵えたりしていました。

 そういった、他人からの不可侵な領域を意図的に作りだすことで、彼女たちは内面的な魅力を醸し出しているのではないか……私は、そんな風に考えるようになりました。

 

 ところで、皆さんは自分たちの通っていた学校に「ベランダ」と呼ばれる場所がありましたか? 

 校舎の二階や三階において、教室の窓際の外に備え付けられた半屋外の通路……そこを通れば、校舎の端から端へたどり着けるような作りになっている場所のことです。

 私が通っていた小学校の校舎には、このベランダがありました。

 そしてある日、たまたま早起きして教室に一番乗りした私は、外のベランダに、見慣れぬ植木鉢が置かれていることに気が付いたのです。

 鉢の表面を覆うように緑色の葉が茂っていて、花が二つだけ咲いていました。

 花の色自体は黄色と華美でしたが、その中心部は黒く丸く染まっており、そこはかとなく落ち着いた雰囲気も併せ持っています。

 朝のホームルームで私は勇気を出し、クラスのみんなにベランダの植木鉢について尋ねましたが、クラスの誰も、そんなものは持ってきていないという回答でした。

 生物係の男の子がサボリ魔だったのもあって、植木鉢は誰からも世話されることなく、かといって処分されることもなく、ベランダに放置されたままになりました。

 

 そこで私は、植木鉢の面倒を自分が見ることに決めました。

 

 誰もいない早朝、みんなが帰った後の放課後に、水をやるようになりました。

 周囲には、私が世話をしていると知られないように気をつけました。

 というのも、不純な動機かもしれませんが、私は植木鉢を育てることによって自分の中に謎を得られるのではないか、と期待していたのです。

 見捨てられているはずの植木鉢、しかし枯れることなく咲き続ける花、一体何故なのか……。

 誰かが、いつかそういった疑問を持ち、人知れず花に構っている心優しい私を見つけ出して評価してくれるのではないか……そんな希望を、私は抱いたのです。


 早いもので、あれからもう四年が経ちます。

 私が殺人鬼になろうと思った最初のきっかけは、以上です。

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