第五話

 エスメラルダ魔法学院の敷地内にある、屋外魔法練習場で手に持っている三十センチ前後の指揮棒タクトの形状に似た杖で、地面に指揮する。

 すると、振っているミシェーラの意思、が、地面に伝わったり、意志へと、変化しはじめる。

 地面が波打ち、杖先の指示に付き従う。右に動かせば、右に、左に動かせば、左に。生徒たちも同様に、その波打つ地面と一緒に、無意識に視線と首が動いていた。

 そんな生徒たちを魅力させる魔法の授業中に、一人だけ、が――別の意味で、左右に視線と首を動かしていたのであった。



「地味に見えますが、操作する対象に魔力を伝達することは、最も大切なことです。これが正確にできないと、より高度な魔法を使用できたとしても、制御不能になり自らの魔法によって自らの命を失うことになります。ですから、基本なくして応用なし。そのことをしっかりと、覚えておいてください」


 優しい声遣いながらもあくまでも教師して教える、と、いうことから淡々と述べる。恐ろしげな声を出すわけでも、騒ぎ立てるでもなく、だからこそ――ミシェーラの言葉に、生徒一同、頷いた。

 が、

 やはり、一人だけ、が――別の意味で頷いていた。

 


「アンタ。ずーっと先生のでしょ」

 

 背の高い男の顔を見上げる少女の顔は、笑っていた、が。怒りの感情を抑え込んでいるために、声が重低。

 少女の声に、高身長の男は反応すると。キョロ、キョロ、と生徒たちを見回した、

 あと。

 ジュリエットの耳もとに、顔を近づけ。


「す、すごくないですか! あの大きさでアレだけ揺れて、さらに崩れた瞬間から元の形に戻ろうとする張り!」

「…………、…………」

「あの大きさだと、すごく! 肩がこると思うんですよ。お嬢さまは? どう思いま――おっと、申し訳ありません」

「おい、どうして。いま、あやまった」


 白い歯を見せながら獣の唸り声に匹敵する音域で、ジュリエットは問う。


「ふぇ? 訊く人、間違ったから、ですよ」


 ――――スカ!?




「信じられない、わ!」

「私も、信じられません。まさか異世界で、先生に叱られて、両手に水の入ったバケツを持たされる、なんて、時代錯誤さくご、な」


 制服の前面が砂にまみれになっている少女が、顔を赤くし、両手で力いっぱい一つのバケツを持って立たされていた。

 となりには、

 執事服の背面が砂まみれになっている男が、飄々ひょうひょうとした顔で、バケツを軽々と片手に一つずつ持って、立っていた。

 

 ジュリエットと無慮むりょは叱られた、これでもかと言うほど、ミシェーラに。


 授業中に、怒りに任せ規制音を撒き散らしながら、逃げ回る執事を追いかけ回す。ミシェーラが教師になって、初めての授業妨害。いや、エスメラルダ魔法学院開校以来、初めての出来事だった。ミシェーラは、卒倒しそうになりながも、踏ん張って耐えた。

 自身の視界に入ってくる、逃げ回っている執事を追いかけ回しているあるじ。追いかけられている執事は、楽しそうにしていた。一瞬、これは悪い夢を視ているのだと、無理矢理に納得させようとしたが――無理なものは無理だった。

 現実なの、だから。

 ミシェーラは、得意とする土系統の魔法を用いて、屋外魔法練習場を走り回っている、二人を止めた。

 足元に土の塊を創り出し、足を引っ掛けさせた。案の定、おっちょこちょいな、主は引っ掛かり、勢いよく前のめりに転倒し、地面に倒れ伏せた。執事も足を引っ掛けたが、素早く前回り受身をし、サッとなにもなかったように、立ち上がると。すた、すた、と主である少女のまくれた、スカートをサッと、戻した。

 執事として主の恥辱ちじょく姿の処理をし、一息つきながら額のぬぐう――無慮。

 教師とクラスメイトたちの前で大胆に下着を見せる、恥辱。それに追い打ちをするように、執事が直すという屈辱に身体を震わせる――ジュリエット。

 

 じゃれ終えた二人に、ミシェーラ、が。

「屋外魔法練習場に備えてある掃除道具入れから、申し訳ないのだけれども、バケツを持ってきてくださいません、か。ムギさんは、二つ。ジュリエットは、一つ」

 ミシェーラの品のある声音に、

 振り返る、無疑むぎ無慮むりょ

 と、

 顔を上げる、ジュリエット・キャピュレット。

 ――形相、が。


「「はぃ」」


 そして、今に至るのであった。

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