第四話

「酷いなぁー。ジュリエットお嬢さまのために、あえて悪役になったのに。問答無用でラビットパンチしてくるなんて」


 後頭部を擦りながら、軽薄な口調で前を歩いているジュリエットに、無慮が話しかける。

 ジュリエットは無言で、歩幅を少し広げる。


「ジュリエットお嬢さまのそのムスッとした顔、可愛いですよ」

「――――!」


 ジュリエットは足を止めた。

 黒いトンガリ帽子のひざし部分を挙げて、また、無慮が顔を覗き込んでいた。


「アナタ、ナニモノなの」


 無慮の瞳を真っ向から、色素の薄い茶色い瞳で、覗き返した。

 漆黒の瞳が、一度、閉じ、開くと。今まで見せたことのない、柔らかい笑みを浮かべながら。

 

「あなたの様の使い無疑むぎ無慮むりょですよ」


 

「いやー。想像していたよりも屋外魔法練習場って、凄い広さですねぇー」


 子どもが、はしゃいで、た。


「ちょっと、落ち着きなさいよ。恥ずかしい」


 親が、子どもに注意した。


 ミシェーラは、軽く咳払いをすると。


「そこの二人、静かにしてくださいね」


 美しい表情と裏腹に、背後に微細な空気の歪みが。

 くすくすと笑い声が。

 ジュリエットが睨み上げる。

 犬が飼い主に叱られているときに、よく見せる仕草、視線を逸した。


 ミシェーラは、パン、パン、と手を叩き生徒たちの注意を自分に向ける。


「では、授業を開始しますよ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 生徒一同が声を合わせ、挨拶をすると。

 授業を受ける生徒たちにスッーと目配りすると、少しあどけない表情を見せ。


「私が皆さんに教えていくのは、「土」系統の魔法を教えていきます。では、復習です。魔法は土系統を含めて、「四大しだい系統」が存在するのは知っていますね。では、残りの系統を答えてくだい」


 一人の生徒が手を挙げる。

 ミシェーラは手を挙げた生徒に、指をす。


「残りの系統は、『火』『水』『風』の三つです!」


 生徒の答えを聞き終えるとうなずく。


「正解です、よくできました。では、四大系統のは?」


 重々しい沈黙なか、一人の人物が手を挙げながら。

 

四大元素しだいげんそ


 と、口にした。


「せ、正解です」


 教師としてミシェーラは、回答に対して反射的に答えた。

 正解をさせた人物は、ガッツポーズをすると。


「正解したので、ミシェーラ先生。ご褒美を――」


 問題に正解した人物が、しゃがみ込みながら足のすねを両手で押さえながら、口をぱく、ぱく、と動かしていた。あまりにも痛かったために、声が出なかった。代わりに、両目から微々たるだが、涙が。

 眉を上げ、目を細め、見下ろす。ジュリエットが、学院特注の上等で丈夫な革靴の先を地面に、コツ、コツ、と叩きつけていた。


「ぇーっと、では。授業を続けますね」


 動揺から声が裏返りになりながらも、ミシェーラは教師としての仕事を続行した。教師の鏡である。


「四大系統の正式名称は四大元素です、覚えておいてくだい。皆さんも知っているように、魔法の基本となっているのは、四大系統ですが。あと、もう一つ系統が存在します」


 一斉に、生徒たちが驚きから、どよめきが起こる。

 

「はーい、静かに。もう一つ系統があるということだけを知っていれば、十分です。この系統は、人の域を超えたモノのみだけが使用できる系統なので、皆さんは基本である、四大系統をしっかりと学んでください」


 しゃがみ込みんで足の脛を押さえている人物が、手を、ぷる、ぷる、と震えながら挙げた。

 なんとなく嫌な気配を無意識に感じながらも、教師としての使命をまっとうした。

 実際、見た目は男前なのだが、変。そのうえ、主人である少女に脛を蹴られて、痛みから、しゃがみ込みんでいる姿。

 正直、怖い。が、生徒の前では、威厳を保つ必要がある。

 教師の鏡だ、ミシェーラ。頑張れ、ミシェーラ。

 

「ぇ! ぁー。ジュリエットの執事の――」

無疑むぎです、ミシェーラ先生」

「ムギさん。何か質問でも?」

「あのー、そのー。もう一つの系統は、『神学エーテル』と呼びますか?」

「…………。はぃ、エーテルと呼びます」

「人の域を超えたモノだけが、使えると言うのは。神族や魔族または精霊などのことを意味しているんですよね」

「………………。はぃ、そ、そのとおりです」

「では、正式名称は、『第五元素』」

「――――! は、はい!」


 ミシェーラとの質疑応答が終了すると。

 無慮は淡い微笑を浮かべた。

 しゃがみ込みながら足のすねを両手で押さえ、ちょっと涙目になりながら。

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