第三話

 魔法学院の教室は、やはり大学の講義室に雰囲気が似ていた。講義を行う先生が一番下の段に立ち、後ろに黒板が配置されていた。生徒たちは見下ろすように階段状になった座席に着席する。

 外観構造からある程度想像できていた、が、座席に座ってみると違うモノを感じた。

 ちょっと、頭が良くなった気がしてきた。

 しかし。

 学ぶにしても空間一つで、こんなにも印象が変わるのだと感動した。なるほど、大学に行きたいと言う人間の気持ちが理解できた。

 机に頬杖をついている、ご主人さまマスターに感謝だな。


「どうして睨んでくるんです? お嬢さま」

「アンタが一緒に授業を受けてることに対してよ」

「袖の下って、この世界でも通用するんですねぇー」

「袖の下って?」

賄賂わいろですよ。まぁ、ちょっとした手土産を学園長と教職員の方たちに渡しただけです」

「ア、アンタ! エスメラルダ魔法学院――」


 ジュリエットが叫ぶのをやめた。

 目の前で話している男――無疑むぎ無慮むりょが。あなたの弱点を知っていますよ、と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべていたからだ。

 ジュリエットの感は当たっていた。

 

「お嬢さまが、いろいろと学園に迷惑をかけていると耳にしましたよ」

「ぅ」


 逃げるように視線を逸らす、ジュリエット。


「皆さん、ちゃんと夏休みの課題をこなされていて、偉いですね。ジュリエットお嬢さま」

「ぅ、ぅ」


 より逃げるように視線を下に逸らすし、首も一緒に下に向け俯く、ジュリエット。


 廊下から教室のなかに響き聞こえている、特徴のある足音。その足音が扉の前で止まると、磨りガラスに人のシルエットが映し出された。足音も特徴的だが、シルエットも特徴的だった。

 静かに扉が開くと、立ち止まっていた人物が、カツ、カツ、と足音をさせながら教室に入ってくる。

 教壇に立つと、扉がひとりでに静々しずしずと閉まる。

 女性だった。

 生徒たちとは違いマントでなく、黒色のローブを着ていた。教室の上部の窓から太陽の柔らかい光がローブに当たると薄っすらと輝く、上質な布地が使用されているのが、一目で分かる。

 それだけ、魔法学院の教師とは、地位が高いことを示していた。


「ジュリエットお嬢さま、アレ、反則ですよね」


 無慮の呟きに。

 俯いていたジュリエットが、ギロッと下から上に眼球運動し、眉をしかめながら。


「アンタ。んじゃなくて、授業が受けたいってこと」


 声が振動していた、呆れと怒りの相乗効果で。


「そうですよ。教職員の方たちに挨拶に行ったときに、彼女がジュリエットお嬢さまの今日の授業を担当すると、聞きまして。これは! 是非に勉強しなくては! と、思いまして」


 無慮は自分の本能を饒舌に語った。

  

 いま、教壇に立っているは、男なら一度は、こんな女性教師の授業を受けたいという願望を現実にした人物だった。

 鮮やかな金の髪に翠玉エメラルドの瞳、美しい顔立ちのなかに強気が混じっており、それが男心をくすぶらせ。

 それに加えて、タチアナ以上のグラマラスな姿態。とくに、ローブでも隠しきれない胸部が凄い。

 ――巨乳。

 ――――爆乳。

 だった。


 教壇に立った、グラマラスな女性教師は軽く教室居る生徒たちの顔を見回すと、微笑む。


「皆さん、夏休みの課題。使い魔の召喚に、成功しているようですね。安心しました。これで、皆さんは魔法使いとしての新たな第一歩を」

「ミシェーラ先生!」


 一人の生徒が、ミシェーラの話を遮ると。


「一人! 課題が提出できない人が居ます!」


 はやし立てた。 


 その前から集まっていたのが、どっと押し寄せる波のように二人に視線が、集中した。

 ジュリエットが勢いよく立ち上がると、白い肌の可愛らしい手を天高く掲げ。


「ミシェーラ先生! 夏休みの課題、できませんでした。すみません!」


 銀色のウェーブの髪を揺らしながら、選手宣誓をするように自らの非を宣言した。

 課題が提出ができないということを宣言したことによって、相手の手札を封じ込めた。


「わかりました。座って、ジュリエット」


 しっかりとした教師口調で、ジュリエットに指示した。

 ミシェーラの口調から生徒たちは、空気を読んだ。

 ただし。

 一人だけ、空気を読めない人物が居た。

 それは、ジュリエットの席の隣に座っている執事だった。

 

「ク、ク、ク、ク、ク。アホの娘、アホの娘と思ってましたが、ここまでとは。ク、ク、ク、ク、ク。私を笑いで殺す気ですか、ジュリエットお嬢さまは。ク、ク、ク、ク、ク」


 机に額を当てながら、腹部を押さえながら必死に笑いを堪えている無慮だった。

 込めれるだけの怒りを込めた握り拳で、ジュリエットは隣の席に座って必死に笑いを堪えている無慮の後頭部を殴りつけた。


 ――ゴン!


「きゅーん!」

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