第二話

 エスメラルダ魔法学院。

 まぁ、アレだ。

 テレビでよく観る大学のキャンパスだ。広大な敷地内に建物が各所に別れて配置されてあった。

 違いがあるとすれば、西洋建築というところかな……と言いたかったが。外国の歴史ある有名大学を見ている感じだ……。

 建物で一番の印象があるのは、敷地内の中央にデカイ塔が立っているぐらいかな。

 異世界に来ても、人の形をしていると、おのずと思考が似てくるのだろう。あと、学ぶことを前提にしていれば、似たりよったりになってくるのは必然的か……。

 唯一の救いは。

 黒いトンガリ帽子に黒いマントをつけているということぐらいだ。実際、羽織っているマントからチラチラ見えるのは、どっかの私立学校の制服にしか見えないんのだが……。

 でも、こうして勉強する必要がなく学校という場所に来るのは、なかなかに楽しいかもしれん。

 と、頭のなかでいろいろと考えていた無慮むりょに。


「あんた! なんで! 主であるわたしに、荷物持たせてんのよ!」


 少女の甲高い叫び声が無慮むりょの背中を強くノックした。

 ノックに返事するように、一歩後ろに下げた右足を軸にクルッと独楽のように、正中線を維持しながら振り返ると。

 

「ジュリエットお嬢さまが、若いからですよ」


 穏やかな笑みを浮かべながら話し返した。


「――――!」


 色素の薄い茶色い瞳孔が見開く。

 銀色でゆるいウェーブの髪がちょうど背中の黒いマントに、重なり映える。

 百六十センチよりちょっと低い身長に、透き通るほどに美しい肌。そして、可愛らしい、年齢に比例した顔立ちをした美少女。

 ――ジュリエット・キャピュレット。

 ――十六歳。


 浅く被っている黒いトンガリ帽子のひざし部分を無慮が、いつの間にか挙げ、顔をまじまじと覗き込んでいた。


「な、なに!」

「お嬢さまのおでこ、綺麗に赤くなってますね」


 ジュリエットの顔がみるみると額の色と同じ赤よりも、真っ赤に染まりながら。両手で持っている荷物が震え始めると最後は体全身を震わせる。

 黒いトンガリ帽子の先端から、蒸気ぽい目には視えないがなんとなく、視える蒸気が、いまか、いまか、と、噴き出しそうになっていた。


 非常ボタンをエレベーターのボタンを押すような気軽さで、無慮が先端を押す。


「ぁ、あ、アンタが――したんでしょーーーーー!!!!!!」


 無慮が押したのは、やはりエレベーターのボタンでなく、非常ボタンだったらしく、けたたましく非常音声が学院に鳴り響く。

 ボタンを押した当の本人は、ケロッとした調子で。


「なんのことですか?」


 会話になっていないことに驚き、ジュリエットは少しだけ冷静さを取り戻したが、沸々と湧き出る抑えきれない怒りで声が震える。


「なに! トボけてるのよ! アンタ先に馬車から降りて、次に、わたしが降りようとしたときに、扉、閉めたからでしょ!」


 無慮はナニか? を思い出すために、こめかみを指先でトントンとリズムよく叩きだすと。リズムを刻むことを止め、ハッとした表情をし。


「あー!」

「ふへぇ!?」

 

 ジュリエットの口からヘンテコな音漏れをさせ、身体を硬直させる。

 視線の先には――。

 腰から頭まで一直線になるよう背筋を伸ばし、四十五度の角度で上体を倒し、深々と頭を下げた無慮むりょ


「お許しを」


 いつものちゃらけた口調ではなく、静かで低い声で謝罪の言葉を口にした。

 

 ――そんなはずない。

 召喚したこの男。

 一週間という短い時間だが、最悪の男のイメージしかない。

 年齢は二十代後半でありながらも、落ち着きのない子ども。

 それなりに背が高いので、怒鳴りつけるたびに、見上げる必要があるので首が痛い。顔立ちは性格の真逆で中性的な綺麗な顔をしている、さらに腹が立つのが漆黒の髪に同色の瞳、それが異性でありながも妖艶さを感じさるから、よけいに腹が立つ。

 ただし、コイツの本性を表現している箇所があるのだ! それが、くせっ毛でボサボサしているところだ。

 貴族であり、魔法使いであり、召喚者であり、主である自分に、敬意を一切払うことをしない、大人こども。

 それが――無疑むぎ無慮むりょ

 

 いま、わたしに頭を下げながら謝罪の言葉を口にしている男でもある。

 

 …………、…………。

 

 わたしは、彼のことを勘違いしていたのかもしれない。

 異世界に突然召喚されてしまったことによって、恐怖から逃げるために、あえて、おどけた態度をして、強がっているのかもしれない。

 恐怖と闘うために。

 だって、わたしもこの世界で生きているけど、知らない土地に急に行くことになれば、不安だ。

 ましてや、彼は……自分の住んでいた世界と、まったく、違う世界に……。

 わたしも……彼のように……急に違う……世界に……召喚さ……れたら……。


 ジュリエットは踵を返し、大きく一呼吸し、背筋を正し、振り返り。


「ゅ――!」

 

 ジュリエットの顔が一瞬で、真っ赤に染まり。さきほどよりも、大きく全身を震わせ。黒いトンガリ帽子の先端が、爆発した。


「うがぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」


 手に持っていた荷物を力いっぱいに振り回し放り投げる、荷物は綺麗な放物線を描きながら飛んでいった。


 ――クリティカル・ヒット!


 そうとう痛かったのだろう、女性の前で頭を押さえながら、地面でのたうち回っている執事が居た。

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