神神の微笑。否定の契約者

八五三(はちごさん)

第一話

 無慮むりょは上質な高級ベットにて目を覚ました。身体を起こして、近くのテーブルに置いてある水差しからコップに水をよそい。

 テイスティングするようにゆっくりと喉に奥に流し込んでいく。

 軽く深呼吸してあと、猫のように背筋を伸ばし身体の稼働確認をし終えると。

 肉体の暖気が完了したことを感じると目の前のクローゼットの中を忌々しく放り投げるような視線を向ける。

 クローゼットの中には光沢から上質な布地が使用されているのが一目でわかる、そのうえに職人としての腕の見せどころである丁寧な縫い目。そこから理解できることは、一つ。

 クローゼットに収まっている執事服は、最高級品だということだ。

 さすがは貴族さまである。

 それなりのお値段がするであろう、最高級品の執事服をすぐに用意できるあたり。

 まぁ、実際は、難癖つけて最高級品の執事服をあつらえさせたのは――秘密。

 下着も素晴らしいしく、良質だった。触れる肌に摩擦を生じさせる不愉快はなく、まさに下着とは、こうあるべきだということに感動してしまった。


「では」

 

 目の前に転がっている間抜けな寝顔。

 ベッドの中で寝息を立てながら、あどけない寝顔なのだが……。半開きになった口から大量のよだれを垂れ流している姿。

 年齢が年齢なら可愛らしいのだが、この年齢でこの寝顔はドン引きする。

 まぁ、ドン引きする寝顔は、一時、横に置いておいてと。

 こうして見ると。

 ドン引き寝顔をしているのだが起きているときは、それなりに可愛らしい美少女、いまは、微少女なんちゃって。

 俺、いま、上手いこと言ったな。

 …………、…………。

 おっと、話が脱線してしまった。

 いやぁー、起きてたら、起きてたで、しゃべると。口から貴族だぞ! とか、魔法使いなんだぞ! とか、わたしが召喚したんだから、マスターとして敬え! とか、うるさい。

 ――可愛さ余って憎さ百倍の小娘。

 ――ジュリエット・キャピュレット。

 鼻と口を抑えて、そのまま一生、寝かせておくことにしようかな? と思った。


 でも、一応、俺の主なのは間違いないのと、仕事なので起こすことにする。


 しかし、異世界に召喚されたのだが、すがすがしい朝である。眩いばかりの太陽光が部屋のカーテン隙間から当たり前のように差し込んできていた。

 考えてみれば。

 異世界に召喚されているのに、前の世界と対して変化が少ないという。この異世界とはどんな世界なのだろうという、好奇心を低下させてくる。

 いま、いま、しい。太陽め!


 …………、…………。


 これを忍耐力と言っていいのもなのか疑問に思う。

 太陽光が顔面を直撃しているのに、平然とぐーすかと寝ている、この娘。ぁあー、これは、忍耐ではなくて、鈍感なだけだ。

 

 とりあえずは、いま、俺がすべき仕事は、この寝ているアホを起こすかな。


「……、…………。――! ごろずぎがぁー!」

「おそようございます。お嬢さま」

「あんた! マスターに、ナニしてんのよ!」


 女性は低血圧の人が多いのだが、起きてそうそう怒鳴り散らすことができるは、十代だからなのか? それとも……。 と、ちょっと気になったが。

 とりあえずは、無事に起きたからよし。

 と。

 言いたいが……。  

 青ざめながら、目から涙、鼻から鼻水、口から唾液と、乙女がしていい表情ではないな。

 さすがに、濡れたタオルを顔に被せたのはダメだったな。


「お嬢さまが、起こしても起きないから」

「起こしても起きなかったからって、濡れたタオルを顔に被せて起こすって方法、聞いたことがないわよ!」

「え!? そうなんですかぁー。私の世界では一般常識なんですけどぉ」

「あんた! 異世界人だからって、適当なこと言ってるでしょ! だいたい、少し大きな声で起こすとか! 身体を揺さぶるとか! いろいろあったでしょ!」

「ぉおー。そんないろいろな方法を思い浮かばれるとは! さすがです、お嬢さま」

「ふぅ、ふぅ、ふぅざけるなぁー!」


 お嬢さまこと――ジュリエット・キャピュレットは、顔を赤くし喚き散らしながら、ベットの上に立ち、地団駄を踊り始めた。

 ので。

 仕方がないので無慮むりょは、ジュリエットが疲れ果てるまで、どのくらいの時間が掛かるか? 生暖かい目で見守ることにした。

 ……、……。

 五十九秒後、唇を尖らせてそっぽを向いて、ちょこんとジュリエットがベットに座っていた。

 

「おしぃー、あと、あと、一秒で。世界記録だったのに」

 

 心底、残念そうな表情を無慮はしながら、ジュリエットを小馬鹿にすると。


「ぐにゃー!」


 意味不明な叫び声を出しながらジュリエットが、勢いよく無慮に飛びかかった。


 そのとき!


 ジュリエットの部屋の分厚い装飾が彫り込まれた木製のドアから、心地よいノック音がした。


「どうぞ」

「失礼いたします」


 ――――ズドーン!


 女性の声をかき消す落下音が部屋の中でしたあと。


「ぐわぁ」

 

 知ってか知らずか、無慮はベットからダイブし高級絨毯で腹ばいになっているジュリエットを踏みつけたあと。

 扉をノックし部屋に入って来た女性に対して、自分の主であるお嬢さまこと、ジュリエットにすら見せない微笑みをしながら朝の挨拶をする。


「おはようございます。タチアナさん、今日もいい天気ですね」

「あのー、無疑むぎさま」

「タチアナさん。下の名前で呼んでください、無慮むりょと」


 さっきまで主を踏みつけていた無慮が、ジュリエットの着替えの手伝いに来たタチアナの両手を力強く握りながら食い入るように、タチアナの肉体美を堪能する。

 成人女性のなかでも、発達した肉体の持ち主なのだ――タチアナは。

 身長は一般的な成人女性の平均値なのだが。

 胸がデカく、それを強調させてしまう腰の細さ、それに加えて安産型のヒップライン。男を惑わせる色気を放っている。

 いうところ――――ボン、キュ、ボンなのである。

 本人は、そのことに気づいていないというよりも、少し疎い。それが男心を刺激し。

 それに成人女性なのだが、顔立ちが幼いことにより、少し背徳的な魅力を持ち合わせていた。


「ぉ、お、おま、おまえー!」


 真っ赤に完熟トマト顔で、ジュリエットは怒鳴る。

 怒鳴られている意味がわかりませんとばかりに、無慮は首を傾げながら。


「あ! まだ、いたんですか? 早く着替えて、学校に行ってくださいよ。お嬢さま、邪魔なんで」

「うきぃー!」

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