第16話 終業の日


 ケンが書いてきた詩の、文の調子は軽かったが 内容が暗くて私たちはゲンナリした。


「暗い! くらい くらい 暗い!」


 ハナはケンの詩がもたらした雰囲気を払うように、声を張った。


「ちょっとやめてよ、ナニ?  カマってちゃんなの? 本当 心配になるからやめて欲しい」


「えぇ、そんなに? えぇ、ごめんよ…でも…」


 ケンが何か言いかけているのに、ハナは聞く耳をもたず、感情を吐き出そうとする。


「だいたい、あんたの自殺くらいなんかじゃ、ヘリは–––––」


 結果 遅かったが、それ以上はダメな気がして、私はハナの手首をつかんで 暴走しそうなハナを止めた。

 ハナは知らなくて当然だが、体育の授業で着替えをしたとき、ケンの左肩から二の腕にかけて、棒状の物で叩かれたような新しい痣があった。

 金曜日、私の家に立ち寄ったときは気が付かなかった。––––もっとも今の季節は冬で、洋服の上からじゃ分からなくて当然だが、ケンの左腕を動かす様子に違和感はなかったので、週末に付けられた痣なのだと思う。


 詩を書いてから、痣をつけられたのか。

 痣を付けられてから、詩を書いたのか。


 私がハナを止めたあと、間髪入れずに、ケンが笑う。

 この雰囲気の責任を取るようだ。


「いやぁ、悪い 悪い。 ヒサもハナもありがとうな。そんなに怒ってくれて、愛されてるな、俺」


 私は怒っていない。

 詩の内容も、ハナみたいに怒るほどの内容では無いと思っていた。

 今となっては ただ単に、若い。と感じるだけだが、当時は 繰り返しの毎日に対する、青臭い倦怠感のようなものが感じられて、共感できる部分はあった。

 しかし、ケンの事情を知っているだけに後半の「自殺」の文字は笑って済ませられる物ではない。怒ってはいないが、心配ではあった。


「でも、今回は趣向を変えてさ、ちょっとショートショートみたいな感じで面白いだろ?」


「おもしろくないわよ!」


 余熱の残っていたハナが発火する。


「ハナ」


 私はつかんでいたハナの手首を引っ張り、私の方を振り向かせた。

 私の怒っている顔を見せる。


––––こちらを向いたハナの胸には きちんとリボンが着けられている。

  あの後ハナはすぐに「ありがと」とポソッと言った。––––


 感情をたくさん持っている二人が本気になれば、私の怒り顏など役に立たないのだが、それでも滅多に起こらない私の怒り顏は 多少の抑止力にはなるのだ。


「ショートショートってなに?」


 ハナを引っ張り、その名を呼んだ直後の質問だ。ハナに問いかけたのか、ケンに問いかけたのか、どちらにともなく問いかけた形となって、ケンとハナは答える権利–––––か、義務か分からないが、どちらが答えるのか、目で押し付けあっていた。


 結果、教えてくれたのはケンだ。


「–––––って、そういう短いやつのことを言うんだけど、ゾクっとするだろ? その状況で、ノックの音が聞こえたら」


 確かに。けれど、人でなくても 風が扉を叩いて行くことは良くある。


 特に、こんな雪の日は……



 私は窓の外の校庭を見た。

 登校したばかりの時は 誰の足跡もついておらず、一面の真っ白が広がっていた。

 今は はしゃいだ生徒たちによって泥とまじりあい、みすぼらしい姿をさらしている。


 私は悲しくなってため息をついた。


 ––––汚いとしか感じない。

   二人はこんな景色も、詩にするんだろうか。––––



 私のため息で、一度は曇った窓ガラスだが、時の経過とともに曇りは解けて、そこにはハナが映った。

 窓の反射を利用して私が見ているのに、気が付かれて いないようだ。


 雪華せっか


 そんな言葉がある。

 雪の結晶のことだったり、雪が降るさまと 花の散る様子を重ねたり…そんな意味合いの言葉だったはずだが、私は冬場にハナのことを見ると、この雪華と言う言葉を思い出す。

 肌の白さと、冷たい雰囲気と……


 窓に映るハナ越しに校庭を見ると、先ほどとは比べものにならないほど いたたまれない気持ちになった。


 ––––いつかは踏み荒らされてしまうのだ––––



 室内に向き直ると、ケンとハナは顔を寄せ合って、ノートを覗き込んでいる。

 ––––良かった。どうやら仲直りはできたらしい––––


「ねぇ、この景色を詩にできる?」

 二人に声をかけた。


 二人は一度 目を見あわせ、何か綺麗な景色でも広がっているのかと 肩をならべて生徒会室の窓辺に立つ。


「えっ? どれ?」


「この踏み荒らされたグランドの様子」


「無理」


 ぶっきらぼうな二人の返事だ。

 次は、私の書く番なので 何か書いてみようかと思っていたが、なんだか やる気を、とても失ったのであった。

 また、いつものように今回の記録を書けばいい。


「そう言えばさ、書いたら どうすんの? コレ? 冬休み中」

 私は持っていたノートを持ち上げて聞いた。


もうすぐ、一年が終わろうとしている。

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