第17話 幸先詣

 冬休み。

 ケンと私は朝早くから連れ立って、ハナの家にいった。

 そこからハナを拾って、神社に行き、参拝を済ませてしまおうと言う計画だった。


 まだ年は明けてなかった。

 私たちの地域だけなのか分からないが、年明け前に参拝するのを幸先詣と言って、初詣の混雑を避けて、幸先詣でをする人は結構いた。


 結構な人が幸先詣をするので、結局混んでしまうのだが、この年は 夕方から催し物などが開催される予定があり、その催し物の時間に合わせて参拝しようと思っている人が多いらしい、例年より朝の参拝客は少なかったように思う。


 世界は100年紀と言うものを迎えていた。

 普段なら、この寒い冬の時期に、露店など出ないのだが、この年は露店が出ていて、お祭りのようだった。


 皆で集まって、皆で世紀を跨ごうと言う。

 ケンはこう言った催し物について一家言あるようだったが、ハナも私も、ケンの言葉に鼓膜を震わすことはなく、皆で世紀を跨ごうとしている町の 雰囲気だけを楽しんでいた。


 雪が道の脇に除けられている。


 数年後、私はこの除けられた雪の上をわざわざ歩きながら、好きな女性ができたことをケンに伝える。私にもう少し敏さがあれば、今日のこの幸先詣の時点で ケンが何を考えていたのか気がつけていたはずだ。

 そうすれば私は、友人たちを失わずに済んだのかもしれない。



 ハナは普通に私服だったが、振り袖の参拝客と同じくらい目を引いていたと思う。鈍感な私は普段のハナと どこが違うのか分からなかったが、いつもより綺麗だな。とは感じていた。

 

 長い付き合いの中で、ハナが振り袖を着て参拝したのは、二回くらいではないだろうか。ああ言うのは一度着ると満足するものなのであろう、あとは面倒臭いと言って着ることは無かっ

た。

 ただ、いつもそれっぽい格好はしており、–––––私服でも、初詣っぽい格好はしており、鞄は 振り袖用の物を毎年 持ち歩いていた。鞄の中には 厄除けの鈴が入っていて、妙な所で信心深いハナは、鳥居をくぐる前に必ずその鈴を鳴らした。しかも、普通に鳴らす訳ではなくて 顔の前で鳴らすのだ。ケンと私と、ハナ自身の顔の前で…


 この年、ハナはケンと私の分の鈴を用意してあり、私たちに手渡した。

 けれどケンも私も 恥ずかしがってそのまま 鳥居をくぐろうとする。

 結局、その年も 翌年も、ハナが消えるまでは、私たちの前で鈴を鳴らしてくれた。


 ハナ曰く、鈴の音色で邪気を払って、心神を清めてから神域に入るためだと言う。

しかし、いまだにそんな作法をして、鳥居をくぐっている人を目にしたことは無い。

 とにかく毎年、年の暮れになると顔の前で鳴らされるので、私はその小さな音色を聴くと否応なく、年の瀬の気分になるようになった。




「はい」


 ケンが境内のベンチに座ってノートを渡してくる。

 終業式の日から既に一巡しているので、私はケンとハナの詩を同時に読むことになる……

 はずだったが、実際はハナの「縁結び」の詩は、(ハナはなぜか 詩に題名をつけない事が多かった。代わりに、普通、題名を書くであろう箇所には日付が でかでか と書かれていた)当時は綺麗に切り取られており、私が目にする事はなかった。


 私がその存在に気がついたのは、だいぶ時を経たあと、ケンからの寄木細工を開けてみたら、手紙と一緒に入っていて、その時、初めて読んだのだ。



 私は、この時、ハナの詩が無いことに何の疑問も感じなかった。

 もともと、あまり乗り気のある事では無かったし、ノートの順番がどうなっているのか 今はだれが当番なのか気にもしていなかった。ノートを手渡されたら、何か書けば良いくらいの気分だったのだ。


 ケンが切り取った可能性が高いが、ハナが文句を言わなかった理由が分からない。

当時、その事で二人がもめている様子はなかった。ハナが切り取ったのだとしたら、それをケンが持っていたのが謎だ。


どうであれ、二人とも納得しての事だったのだと思う。私のあずかり知らない所で、二人の間に何かがあったのだ。



 因みに前回の、——つまり、ハナが「縁結び」の詩を書く時の、私からハナへのノートの受け渡しは、ハナが冬休み中に 房子さんの料理を習いに来たタイミングで手渡した。


 これもの話しになってしまうが、ハナが料理嫌いの子であれば……

今となってはそんなことを思ってしまう。









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