第14話 不和と亀裂
「ふ〜ん」
ケンとハナは仲良くハモった。
仲の良い二人を見て 私は安心していた。
その時の私の心情を表す言葉がうまく出てこないが、
–––– ホッコリした。
そう、言い表すのが一番しっくり来る。
ケンもハナも私の返事に満足したのであろう、私を放り、二人とも その後は詩の談義に花を咲かせていた。
「––––いや、俺だって いいと思うよ、でもおまえ妥協しただろ?
『それから それから日が経って』の後の、農夫と鳥のセリフは言葉数が……字数が明らかにそれまでのリズムとあってないだろ?」
「わざとだから良いの。それよりケンこそ慣れない恋愛をテーマにして、なに、あの薄っぺらいの。もっと本当の気持ちを書きなさいよ」
「おまっ……おまえ、うるせーなぁ」
私にしてみれば、うるさいのは二人である。
しばらくお互いの詩を 健全にケナしあったあと。
「––––でも、詩って密度が高いよな」
ケンが話を締めくくるように そう呟いた。
小さい陽だまりのような沈黙が訪れる。
「おーい、二人とも夕飯 食べて行くっちゃろぉ?」
下の階から、私の母である人が問いかける。
私の人生の中で、沈黙を破るのは大抵 この母となってくれた人だ。
二人は金曜や、祝日の前は帰宅途中に私の家に寄り、勉強をして そのまま夕飯を食べて帰っていくことが良くあった。
誰も触れないが ケンの家は、両親の仲が悪い。
それは私の母である房子さんも、知っていることだった。
ただ単に、友達の世話焼きおばちゃんが 夕飯を勧めているだけだが、夕飯を勧めるのは、そんなケンを慮ってのことであり、慮っているのが ケンに伝わらないように配慮した 母としての房子さんの着地点であったと思う。
「はーい、ご相伴にあずかりまぁす」
答えたのはハナだ。ハナは房子さんの料理を 美味しい 美味しいと絶賛する。私にとっては家庭の味だ。最初は(ふ〜ん、美味しいのかぁ)と思っていただけだったが、そのうち不安になって来た。
(この味しか知らないから、他の人の味に満足できなかったらどうしよう?)
この頃から、私は房子さんに料理を教えてもらうようになる。
「––––しかし、ハナちゃん綺麗になってくねぇ」
「ウフフ。 そうですか? 房子さんに言われると余計うれしいです」
食事を取りながら、話せるのは女性だけだ。……と思う。ケンと私は食べることに夢中だ。父である沢五郎さんは、弟を空手教室に送っている最中だ。
「胸もオッきくなって来たんでないかい?」
房子さんが、オッさんのようなことを言う。ハナも もう慣れっこだ。
「えぇ、そうですかぁ、やめて下さい。恥ずかしい」
本当に恥ずかしいなら、胸を引きそうなものだが、ハナはかかっていた長い髪を払いのけて 胸を張るほどではないが、背筋を伸ばして、自分の胸を見た。
ハナはまだ制服のままだった。その胸からは学校指定のリボンが外されている。夕飯を食べ始める前に外したのだろう。
(注意しなきゃな)
ハナはこのリボンを 良く私の部屋に忘れていく。どうせ毎朝 寄って行くのだから、忘れても別に問題はないのだが、自分の部屋にリボンが落ちていると、ドキッとするのだ。
しかも、自分たちの学年カラーは赤だった。ドキリ具合が増す。
「ごちそう様でしたぁ」
ケンとハナは、最後も綺麗にハモって家路についた。
私もハナを送るために家を出る。
ケンとハナは私の家から少し行ったT字路で、ケンは右へ、ハナは左へと別れてしまう。私の家からケンの家までの片道の道のりと、私の家からハナの家を往復する距離では、私の家とハナの家を往復する距離の方が短い。
「ん〜、おいしかったぁ」
ハナは上機嫌だ。
「今度はケン、どんなのを書いて来るんだろうねぇ」
「さぁ、どうだろう。また、対抗して来るんじゃないの……あ、コレ」
ポケットに手を突っ込んだ私は、忘れずに持ってきたハナのリボンに触れ ハナに渡す。
「えっ? なにかくれるの?」
ハナは上機嫌な声で、私の手の平からリボンを取る。
暗かった。
リボンだと すぐ分からないのは当然だった。だが、リボンだと分かれば、ありがとう。そう言われると、当然のように思っていた。
当然のように思っていたんだなと、感謝されない事で気がつかされた。
ハナは食事前、私の部屋で怒気を放った時より恐ろしい声で……
怒鳴ったとかではない……
冷たく、
暗く、
絶望したような声で。
リボンだと分かっていただろうに、
「なに、これ?」
そのように言った。
辺りは暗く、ハナの表情はまるで分からなかった。
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