第11話 保護者と子供
ハナにノートを渡しながら、ケンの様子が最近 変だと言うことを伝えたら、
「ケンも子供だねぇ」
ハナの第一声はこれだった。
女の子にとって同世代の男が歳下に見える、それが 一番 顕著な年頃に私達はいた。ハナにしてみれば、ケンも私もガキに見えていただろう。
「ハナはなんでケンがあんな態度を取るか、分かるの?」
「なんとなくねぇ」
そう言いながら、ハナはノートを開く。
(なんとなくかぁ)
心許なかったが、友人とギクシャクするのは嫌だった。
「教えてくれる?」
(ケンの様子がおかしい理由を…)
「教えてあげない」
前回と違って、ハナはじっくり読み込むことをせず、意地悪を言って、すぐにノートをパタンと閉じてしまった。
意地悪と言っても、本気でそう思っている訳ではない。教えないのには、何か理由があるのだろう。
少しは自分の頭で考えたり、自分の心で感じ取ったりしろ。
そんなハナのメッセージが含まれていることを、「教えてあげない」の声の抑揚から感じ取ってはいた。
この頃のハナには、私やケンよりも 自分が大人であると言う意識があったと思う。ハナの その意識は、無意識に立ち居振る舞いや 言葉の端々に顕れ、そばにいる私たちに伝わっていた。
ハナの優しさに触れる時に、その優しさの出処にはハナの保護者的な気分がある。と時折 感じ。
私はそれを享受し、ケンは対抗心を燃やした。
「ねぇ、ヒィ」
2人が居たのは、学校の準備室と言う教室だった。
それほど大きくない教室で、私はその教室が何の準備をする場所なのか、当時はよく分かっていなかった。
ただ、その教室には赤本や 各大学の過去問、さらには偏差値表が貼り出されていたので、大学受験の準備をする教室だったのだと思う。
この頃 ハナは よくそこにいた。
高校2年生。
できる子は受験の準備を始めている。
この教室を放課後に利用する生徒は稀で、その日もハナと2人きりだったと思う。
教室がどんな状況だったのかの記憶は曖昧だが、西日がハナの白い頬をあかく染めていた。
その情景は今も目に浮かぶ。
ケンが生徒会の仕事を終えるのを待っていたはずだ。
私が準備室に居た理由が、それくらいしか思いつかない。
それとも、この時はハナにノートを渡すためだけに行ったのだったか…
これも良く覚えていないが、私を呼んだ後にハナが何と言ったのか、
それはハナの声と共に思い出せる。
「なんで、そんなに臆病なの?」
自分が臆病な自覚はあったが、面と言われたのはショックであった。
相手がハナだったのも、余計に度合いを深めた。
さらに言うと、今日のこれまでのどこに ハナが私を臆病だと感じる要素があったのか、それが気になった。
ハナが
だが普段は気を使って、そんな事は伝えてこない。
準備室に私が来てから これまでの間に、ハナにそう言わせたくなる。
そんな言動を私がしたのだろう。
心当たりがなかったので、きっかけとなった言動が何だったのか気になった。
「なんでって…」
私は みっともなく オロオロしていたと思う。
「ねぇ、ヒィ」
日は殆ど落ちてしまっている。窓を背にしているハナの顔は見えない。
ハナを像取った黒い影の中から、ハナの優しい声だけが漏れ出しているようだった。
「たぶん人生は、私たちが思っているよりも長くはないわ…… そんなに怯えていたんじゃ、すぐに朽ちてしまう」
臆病な理由を、私が答えられないと、ハナは分かっている。
それを分かっていながら、敢えて問い糺した理由を、ハナは私に伝えたいのだろう。
「それに… 突然終わってしまうこともある………
これはヒィの方が、その、知っていて……私なんかに言われたくない事だと思うけど」
私は幼い頃に、両親を亡くしている。
ハナはその事を言い、その事に直接 触れぬようにするため、言葉を戸惑わせた。
ハナは その時の心の置き場と同様に、座り心地が悪くなったのか 態勢を変える。
角度が変わり、微かな光がハナの表情を照らし出す。
とても悲しい顔をしていた。
両親を亡くしている。もちろん忘れていた訳ではない。
けれど、それが臆病な自分と関係があるとは、それまで思っていなかった。
「だからだよ」
ハナによって気が付かされた 私が臆病な理由を急いで伝えた。
突然 理由が明らかになったので、同じように、突然 霧散してしまう気がしたのだ。
私が臆病な理由。
私は大切なものを失うのが怖かった。
失うのならば最初から大切なものなど無くていい。
そんな風に考えていた。
上手く説明できず、ハナに伝える時は しどろもどろだったはずだ。
ハナは黙った。
そうして、沈黙の間にケンが迎えに来て、私たちを不思議そうに見たあと。
「かえろう」
ほがらかに笑った。
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