第2話 あまりにも鮮やかに事態は進展していく

 羽田七海も幼馴染みだ。

ケンと一緒で、小さい頃から一緒にいるのでかなり長い付き合いになる。


 彼女もケンと一緒でいわゆる「勝ち組」の人種だ。

 私は幼い頃から二人のそばにいるから知っている。

 二人は、私と同じで友達が少ない。


 本来であれば、私と同じように底辺で蠢めいて、這いずり回るように生きなければならないはずだが、彼らには持って生まれた 端麗な容姿と明晰な頭脳があった。


 生まれながらの「勝ち組」である。


 私は負け組である。

 まぁ、負け組だからと言って、クラスで苛められているとか、ひどい扱いを受けている訳ではない。


 どちらかと言うと、なんの扱いもされない種類の人間だ。

、皆と一緒にいるのに、なんの扱いも受けない。


「あ、あぁ、いたの?」


 気が付かれれば、こんな具合の対応をされる。


 ケンとハナはいくら気配を消しても、こんな扱いはされないだろう。

それほど二人の容姿の美しさは人目を引いた。

 特にハナは腰まで伸びた 長いストレートの黒髪と、身長の高い体躯。小さな顔に透き通る白い肌。小さい顔には切れ長の目と、薄くも厚くもない唇が、絶妙なバランスで配置されている。

–––– 配置されている––– そう表現をしたくなるほど 神様がきまぐれに。ハナに生を与える時だけ意匠を凝ったような、そんな計算された美しさがハナにはあった。



 ハナ。

羽田七海の苗字と名前の、最初の一字を取って繋げた安直な呼び名だ。


 そのハナが横から突然 ケンと私の会話に混ざってきたとき、私はケンに向けていた憐憫の眼差しをそのままハナにも向けた。


(お前らに恥ずかしいと言う気持ちは無いのか?)


 ハナは「混ぜてよ」と言っただけだが、

私は何となく、ハナも、「混ぜてよ」そんな意味に受けて取って、憐憫の眼差しを向けたのだった。

 あとで分かるが、実際 ハナは書く気で言っていたので、この時の私の憐憫の眼差しは間違っていなかったのだ。


「えぇ、イヤだよ。お前は辛口そうだもん」


 ケンは眉間にシワを寄せ、心の底からイヤそうな声を出した。

 小説を読まれるのがイヤと言うよりも、突然 会話に入ってきたのが不快だ。もはや、そんな意思を感じさせる声だった。


「なんでよっ! なんでそんなにイヤがるのよ!」


 ハナの申し出を断る人間など、そう多くいないのだろう。

 ハナの声には、断られた事に驚きつつも、気を使われていない事を喜んでいる調子も多分に混ざっている。


「だから、辛口そうだからだって。 

 愛が無さそうだもの、お前。

 辛口って言うか、冷たそう。 

 お前に感想を言われたら、

 凍え死にそうだもの、 俺」


 こう言うのは倒置法と呼ぶのだろうか?

主語と述語を入れ替えて、重ねるようにズバズバと酷い事を言う。


 ハナは冷たいイメージを持たれる事を気にしていた。

「雪女」とか「氷の女王」などと陰で呼ばれている事も知っていたのだろう。


「––––っつ、 

 あんただって、そうやって私の書いた物をこき下ろすつもりなんでしょ?」


 一瞬 怯んだハナは、それでもなんとか言い返した。


 笑っている。

会話のキャッチボールを楽しんでいるようだ。


 ケンはハナから投げ返されたボールを受け取ったあと、すぐに返球せずに、一度、しげしげとボールを見つめてから……


「へぇ〜、お前も書く気なの?」


 先ほどとは、打って変わって、ゆるく投げ返す。

身構えていたハナは、ケンのゆるい調子に拍子抜けした様子だったが、


「え? うん。 ダメ?」


 伸ばした中指を机の角にあてて、キュッキュッと擦りながら、なぜか私に聞いてきた。

 私はスルーパスをする。

 つまり無言のままケンに『どうすんの?』と視線だけを送った。


「う〜ん」

 ケンは手で膝を二回ほど軽く叩いて思案したあと、三回目にそれまでより強く膝を叩き、


「よし、読ませてくれる?」

 少年のような笑顔をハナに向けた。


「うん!いいよ、いいよ」

 喜んでいる調子を全面出したハナの声が、教室の一角で弾む。

 その声を聞いていると、こっちまで嬉しくなってくる。


 ——よしよし、良かった良かった。

 ケンの小説を読む相手も見つかったし、一件落着だ。


 そう思い、私は読みかけの本を再び開いて、視線を落とそうとした。その時 ケンが、笑顔のまま私の方に顔を向けたのを、視界の端で捉えた。


「順番は俺からで、次はヒサな。最後がハナでいい?」


(えっ?)

 驚いてケンを見て、私はちょっとだけ顔を突き出す。

(えっ? 「ヒサな」…って自分も混じってる?)


「うん!いいよ、いいよ」

 ハナの声が一層 楽しげに弾む。

 あまりに楽しげで、まるで私とハナ、二人の共通の意見であるような受け答えだ。


 もう流れには逆らえなかった。


 知っていたが、喋らないと……

 意思表示をしないと、事態は蚊帳の外で勝手に進展して行くものなのだ。



 翌日、ケンが嬉しそうにノートを渡してくる。

 そこには私の想像していたものとは、違うものが書かれていた。

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