第9話 彼の詩「夏のある日」

 このままでいい

 14の夏にはじめて知るやわらかさ

 毎日が眩しかった


 あのままで良かった

 君がいれば良かった


 いつから日々はくすんでいったのだろう?


 坂道の向こうに見える入道雲と

 僕を見下ろす君の瞳

 額にあてた手は

 日差しを避けるためなのか

 汗を押さえるためなのか

 それとも、へばった僕を

 じっくり眺める為なのか


 夕立の匂い

 いちじんの風

 君の笑い声と

 錆びた自転車のペダルの軋む音



 季節はうつろい

 君だけが大人になっていった


 このままでいい


 君のやわらかさを知っていればいい

 君の優しさだけに触れていられればいい


 時が止まることを望んだ愚かな僕は

 今も坂の途中で空を見上げている


 坂の向こうには入道雲


 君がいた坂の上には陽炎が揺れて

 全てが蒸発したような

 夏のある日





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