第8話 カン想


 ハナがケンにノートを渡したときの様子を私は知らない。私がハナの詩を読んだのは、ケンに見せられたからだ。

 やはり昼休み中だった。ケンは ニマニマしながら、私の机の上にノートを開いて一言。


「女の子だな」


 ハナの詩に対する感想を述べた。

 私は頷いたが 詩を読んで改めて思った訳ではない。ハナは紛う事なく女の子だ。女の子と言うよりは、すでに女性だった。


「テーマがやっぱり、恋愛になっちゃうあたり、そう思わない?」


(思わない)

 私は首を傾げて、肩をすぼめる。


「まぁ、女の子なんだから 当たり前か」


 ケンが軽く笑う。

 その時のケンの態度は なぜだか私をジリジリとさせた。


「ハナの前でも同じことを言ったの?」


 少し口調が強くなっていたかも知れない。


「うん、言った」


 ならば、文句はない。

 私は舵を別の方向に切った。


「ハナはなんて?」


「女の子なんだから当たり前でしょって」


 舵を別の方向に切ったと思っていたのは、私だけのようだ。


「違うよ。お前の詩だよ。 お前の詩に対しては何か言ってなかったの?」


 ケンは、私がハナにノートを渡した日は、とっとと帰ってしまったし、あの日は結局 ハナはケンの詩に対して何も感想を言わなかった。ハナを家まで送っている間も、ハナはその話題を不自然に避けて別の話をした。


「えっ?お前はハナから聞いてないの?」

「うん」


「ふーん」

 ケンは教室の窓の外を眺め


「じゃ、言わない」

 ノートをパタンと閉じた。


 イラッとした私は 軽くケンの脇腹をパンチしながら、


「おしえろ」


 めったにしない強気な態度を取る。


 ケンはうれしそうに、私の拳を押し返しながら、

「無理すんな。似合わないよ」


 強気な態度に出た私を 忘れずに茶化して、


「ハナがお前に言わなかったんだろ? じゃ、俺からは教えられないよ。 本人に直接 聞いてみてよ」


 若かった当時、私は、

(めんど臭い奴らだ)


 そんなことを思った。ムキにもなっていた。

 その心情は私に、


「聞いたよ」


 その一言を言わせた。


「えっ?聞いたの? ハナは なんて?」


 ケンが驚きと残念さを内混ぜにしたような顔をして質問してくる。


「お前の気持ちが分かるかって」


 ケンが私を見つめたまま、固まる。

 固まったまま、もう一度


「えっ? ハナはなんて?」


「だから、お前の気持ちが分かるかって」


 ケンが笑った。


「それはお前、ハナの感想じゃなくて、ハナがお前の感想を聞きたかっんだろうよ」


 バシバシと私の肩を叩く。

 私には何が面白いのか分からない。笑われる理由が分からないのに 笑われて、私は益々ムキになる。


「だから、他の人に感想を聞きたくなるような、そんな内容だと感じたんでしょ」


 私の気配を感じ取ったのか、ケンは少しづつ笑いを落としていき、特に濡れてもいない目尻を押さえて、


「ん?あぁ、そうだな。わるかった、わるかった」


 私の肩をさすって許しを乞う。

それから 私が許すかどうかも答えぬうちに、


「いやぁ、でも アイツは勘がいいよな」

 矢継ぎ早に言った。


「カン? カンて?」


「んぁ? うん。カンは勘」


 なんで、勘が良い。と思ったのか教えて欲しくて 質問を投げかけたが、ケンは結局 教えてはくれなかった。


 チャイムの音が強制的に 私の追求を終了させ、昼休みが終わる。


「さて、今度は俺の番か」

「あれ?まだ書いてなかったの?」


 ノートを渡しに来たものだと思っていたので、ケンの言葉は意外だった。


「うん、書こうと思っていたものはあるんだけど、俺も急遽『恋愛』をテーマに書こうと思ってさ」


 そう言って、自分の席に戻って行った。

 その背中には創作意欲の気配のようなものが溢れており、


(授業中にでも書くつもりだろうか?)

そんなことを私に思わせた。




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