悪事は怒りを買うから、結局は損。――1

 レドリア学生選手権の本戦が終了した。


 観客たちが帰路きろにつくなか、俺は選手の控え室へ向かう。


 すでに選手のほとんどは控え室をあとにしているため、なかにいたのはたったひとりだった。


「エリーゼ先輩」


 俺が呼ぶと、椅子に座って項垂うなだれていたエリーゼ先輩が、ゆっくり顔を上げた。


「すまない、ロッドくん。約束、守れなかったよ」


 エリーゼ先輩が空虚くうきょな笑みを浮かべる。自嘲じちょうのようにも映る笑みだ。


 エリーゼ先輩は、手にしていたふたつの『酩酊めいていの腕輪』を、俺に見せる。


「試合中、ファブニルとゲオルギウスが『目眩』状態になっていただろう?」

「ええ。『酩酊の腕輪』の効果ですね?」

「お見通しか。はは……やっぱり、ロッドくんはスゴいね。どうやら、サイケロアくんにすり替えられていたらしい」


 エリーゼ先輩は、諦念ていねんするように嘆息たんそくした。


 エリーゼ先輩もわかっているのだろう。この件を、訴えることができないことを。


 状況的に、ファブニルとゲオルギウスの装備品をすり替えたのは、ジェイク以外に考えられないが、確固たる証拠がない。


 悔しいが、泣き寝入りするほかにないんだ。


「わたしは、ロッドくんと決勝で戦うことを楽しみにしていた。はじめから、そのつもりでいたんだ。だからだろうね、頭がいっぱいになって、目の前の敵に集中できなかった。きみから警告は受けていたのだから、注意を払えば、サイケロアくんの細工も見抜けたはずなのにね」


 おかげで、このざまだ。


「ロッドくんの頼みを果たせず、無様な試合を演じてしまった。情けなくて仕方ない」


 エリーゼ先輩が歯噛みする。


 キツく握りしめられた拳は震えていた。


 ここでエリーゼ先輩に同情するのは簡単だろう。しかし、同情したところで、エリーゼ先輩が得るものはない。


「そうですね。たしかに、エリーゼ先輩は不注意でした」


 だから、俺はあえて突き放すように言った。


「返す言葉もないよ」


 自嘲するエリーゼ先輩に、「けど」と続ける。


「エリーゼ先輩は、立ち直りますよね?」


 エリーゼ先輩が目を見開く。


 俺は先輩の目を真っ直ぐ見つめた。


「エリーゼ先輩が、いつまでもうつむいているはずがない。今日の失敗をバネに、より強くなる――俺が知っているエリーゼ・ガブリエルは、そういうひとです」

「そうか……そうだね」


 エリーゼ先輩が、噛みしめるようにうなずく。


 その顔に、自嘲はもうなかった。


「約束するよ、ロッドくん。わたしは必ず立ち直る。この約束だけは、どんなことがあってもたがえない」


 だから、


「少しだけ、待っていてくれ」

「はい。待っています」


 エリーゼ先輩が微笑む。今度こそ、前を向いた笑顔だ。


 もう、エリーゼ先輩は大丈夫だな。


 安堵あんどした俺は、思考を切り替える。


 意識するのは、憎むべき敵だ。


 やってくれたな、ジェイク。流石の俺も、はらわたが煮えくりかえりそうだ。


 だから、覚悟はできてるんだろうな? 俺は微塵みじん容赦ようしゃしないぜ?


 俺はエリーゼ先輩に告げた。


「ジェイク・サイケロアは、俺が叩き潰します。完膚かんぷなきまでにね」




     ⦿  ⦿  ⦿




「話とはなんでしょうか? マサラニアさん」


 夕方。


 セントリア従魔士学校に戻ってきたあと、俺は学生寮の前に、ミスティ先輩を呼び出した。


「ミスティ先輩に、俺の言うことを聞いてもらいます」


 ミスティ先輩がハッとする。


「勝者の権限、ですね?」

「はい。『試合に負けたほうは、勝ったほうの言うことをなんでも聞く』――そういう約束でしたよね? ミスティ先輩」

「え、ええ。ですが、マサラニアさんがここまで積極的だなんて思いませんでした」


 頬を染めて、体をくねらせるミスティ先輩。


 どうしてそんな反応をするのかはわからないが、今回ばかりはふざけてはいられない。


 俺が真剣な顔をしていたからだろう。ミスティ先輩が恥ずかしがるのをやめて、

「どうされました?」と首をかしげる。


「頼まれてほしいことがあります、ミスティ先輩」


 俺は話を切り出した。

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