犠牲の上に成り立つ平和って言葉が、詭弁じゃなかったためしはない。――4

 ゲームのエリーゼ・ガブリエルは、『生贄に捧げられる巫女』を救うためにタイラントドラゴンに挑んでいた。


 その『巫女』がレイシーだと推測してここまで来たわけだが……


 まさか、エリーゼ先輩とレイシーが、異母姉妹だとはな。


「どうして、ロッドくんがここにいるのですか?」


 俺が苦笑していると、レイシーがか細い声で訊いてきた。


「わたしは帰郷するとしか言ってないのですよ? それなのに、わたしが贄になるなんて、どうやって知られたのですか?」

「俺が物知りなのは、レイシーだってわかってるだろ?」

「――――っ」


 レイシーが唇を噛み、うつむく。どうやら、自分が贄になることは知られたくなかったらしい。


 それでも俺に退くつもりはない。大切な友達を失うわけにはいかないからな。


「わたしが贄にならないと、レドリア王国の人々が苦しみます。それでもロッドくんは、わたしを引き止めるつもりですか」

「当然だ」

「どうしてっ!?」


 感情をあらわにするレイシーに、俺はどこ吹く風と答える。




「約束しただろ? レイシーはまた、俺を遊びに誘わないといけねぇんだ。約束を反故ほごにするなんて、俺は許さねぇぞ?」




 一瞬ポカンとしたが、レイシーは眉を立て、涙がにじんだ目で俺を睨んできた。


 その顔からは、明らかな怒りが見てとれる。


「いまはふざけたことを言っている場合ではないのです! 自分の都合で助かることなんてできないですよ! レドリア王国の人々や、学校のみんなや、エリーゼ姉さんや、ロッドくんを守るには、わたしが贄になるしかないのです!」

「ふざけてなんかいねぇよ、俺は大真面目だ」


 俺はレイシーの怒りを真っ向から受け止めた。


「勝手に決め付けんなよ、俺はレイシーとまた遊ぶのを楽しみにしてたんだぜ? レイシーは違うのかよ?」

「わたし、は……」

「嘘は言わせねぇ。レドリア王国の人々や、学校のみんなや、エリーゼ先輩や、俺を守るなんてはどうでもいい。俺はレイシーの本音が聞きたいんだ」


 言って、俺はレイシーから受けとった便箋を取り出す。


「泣いてたんだろ? これを書きながら」


 便箋を突きつけられたレイシーは息をのんだ。


 便箋に綴られた文字は、ところどころ涙で滲んでいる。


 ゲーム知識とこの便箋があったから、俺は、レイシーが『巫女』だと気付けたんだ。


「納得してないんだろ? 心からは」

「……当たり前じゃ、ないですか」


 レイシーの瞳から涙が溢れ出した。


 感情のタガが、外れる。


「イヤに決まってるじゃないですか! わたしはロッドくんの側にいたいのです! エリーゼ姉さんと一緒にいたいのです! 遊びにだって行きたいし、お食事にだって行きたいし、やりたいことはまだまだまだまだたくさんあるのです!」


 叫ぶ。


「わたしは生きたい!! 死にたくなんてない!!」


 レイシーの告白を聞いて、俺は好戦的に笑った。


 それが聞きたかったんだよ、レイシー。おかげで、




「なら俺が叶えてやる!」

「……え?」

「俺がタイラントドラゴンを倒してやるっつってんだよ!」




 レイシーとエリーゼ先輩が瞠目どうもくした。


「倒せるというのか、マサラニアくん? あの、タイラントドラゴンを……」

「正確には、なんすけどね。俺ひとりじゃ無理ですけど、3人で立ち向かえば、勝てる」


 俺は断言し、ふたりに歩みよる。


「本当、ですか? ロッドくん」

「俺が嘘ついたこと、あったか?」


 フルフルと、レイシーが首を振る。


「わたし、生きられるのですか?」

「死なせてたまるか。タイラントドラゴンごときにレイシーはやれねぇよ」


 レイシーのもとにたどり着いた俺は、涙に濡れた目元を優しく拭った。


「ロッドくんと一緒に、いられるのですか!?」

「ああ! ずっと一緒だ!」


 笑いかけると、レイシーの口から嗚咽おえつが漏れた。


「――――っ! ロッドくん!!」


 レイシーが俺に抱きつき、泣きじゃくる。


 苦笑しつつ、俺はレイシーを抱き返し、涙が収まるまで背中をなで続けた。


「ありがとう、マサラニアくん。きみがいてくれて、よかった」


 エリーゼ先輩も、静かに涙を流していた。

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