犠牲の上に成り立つ平和って言葉が、詭弁じゃなかったためしはない。――2
「ありがとうございます、リーリー」
クリム高原を歩いているわたしは、ロッドくんに封筒を渡してきてくれたリーリーを迎え、お礼を言った。
『リィ……』
リーリーが寂しそうな顔をする。まるで、「これでよかったの?」と
「いいのですよ。本当のことを打ち明けたら、ロッドくんは無茶してでも助けようとしてくれると思うのです」
けど、
「ロッドくんを巻き込むわけにはいかないのです――タイラントドラゴンには、ロッドくんでも敵わないのですから」
それでもツラそうなリーリーに、
目指す先には、レイヴァン山がそびえ立っている。
わたし、レイシー・シルヴァンと、ガブリエル先輩は――いえ、
ようするに、わたしは
結果として、お母さんはわたしを
英雄の家系であるガブリエル家にとって、当主の不倫はスキャンダル以外のなにものでもない。
そのため、わたしとお母さんは、ガブリエル家の領地の
それでも、わたしがお父さんを恨んだことはない。
ガブリエル家の人々は、わたしとお母さんを軟禁するつもりだったらしい。けれど、お父さんが説得してくれたおかげで、わたしたちは助かった。
そのとき、お父さんがどれだけなじられたかは、想像に
たしかに、お父さんは不届き者だと思う。不倫しておきながら
けど、わたしたちを救ってくれたのは事実だ。
それに、エリーゼ姉さんが、わたしたちの味方でいてくれた。
エリーゼ姉さんは、たびたびわたしたちの家を訪れ、
「監視ならわたしがやろう。それで問題ないはずだ」
監視役にそう言って、わたしを外に連れ出してくれた。
わたしと仲良くしたことで、ガブリエル家の人々からは散々しかられたことだろう。それでも姉さんは、わたしを気にかけ続けてくれた。
お父さんと姉さんには、感謝しかない。
だから、わたしが
ああ。やっとわたしは恩返しができるんだ、と。
ガブリエル家の血には、ドラゴンを
そのため、タイラントドラゴンが目覚めるたび、ガブリエル家は親族を
わたしが次の贄に選ばれたのは必然だろう。なにしろ、わたしは妾の子なのだから。
贄に選ばれた日から、わたしは死を意識し続けてきた。タイラントドラゴンが目覚めるのは先の話だけれど、わたしが長生きできないことはわかっていたから。
だからわたしは、常に後悔のないように生きてきた。危険だとわかりながらメタルゴーレムに挑もうと決めたのも、そのためだ。
同時に、わたしはエリーゼ姉さんと距離を置いた。
もしも、わたしがガブリエル家の血を継いでいると知られたら、世間は大いに騒ぎ立てるだろう。
そうなった場合、わたしを贄にするのは難しくなる。
ガブリエル家の人間がいなくなっても、「タイラントドラゴンと相討ちになった」と
そのことで、贄を捧げる
しかし、エリーゼ姉さんは、ガブリエル家の決定を
正義感が強い姉さんはガブリエル家と対立し、それでも止められないと悟ると、言い放ったのだ。
「タイラントドラゴンはわたしが倒す! レイシーを贄にさせてたまるか!」
無謀な話だ。いままでタイラントドラゴンを倒せた者は、ひとりとしていないというのに。
けれども姉さんは、その日から努力を重ね、セントリア従魔士学校入学1年目で四天王の座についた。これは最速記録だ。
そして姉さんは、わたしが距離を置くことも許さなかった。いくら拒絶しても、姉さんはわたしに親しくし続けた。
それがどうしようもなくもどかしくて、どうしようもなく嬉しかった。
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