格上相手には、とにかく入念に準備するべし。――7

 判断し、俺は『不思議なバッグ』からHPポーションを取りだして、ユーに渡した。


「回復しろ、ユー!」

『ムゥ!』


 グイッとユーがポーションをあおる。


 1だったユーのHPが、ほぼ満タンまで回復した。


「『バーサク』!」

『ムゥゥゥッ!』


 続け様に指示を受け、ユーが力こぶを作るようなポーズをとる。


『疾風の腕輪』の先制効果が発動。即座にバーサクが発動し、満たされたHPバーがギュイン、と減った。


 バーサクは、発動時に最大HPの3/4を失うハイリスクなスキル。しかしその効果は、『STRを200%上昇させる』と絶大だ。


 ユーが燃えるような真紅のオーラに包まれる。


「次いでパージ!」

『ムゥ!』


 パージのチャージタイムはもともと0秒。


 鎧がはじけ、ユーのHPがさらに減って1になり、


「『リバーサルストライク』!!」

『ムゥ――――ッ!!』


 流星の如くユーが飛び出した。


「食らいやがれ! こいつがユーの『とっておき』! 『バーサクリバスト』だぁあああああああああっ!!」


 キュドォオオオオオオンンンンッ!!


 爆撃機が音速で通過したような轟音とともに、ユーのロングソードがアースドラゴンを貫く。


 アースドラゴンの胴体にポッカリと穴が空いた。


『GOOOOOOOOHHHH……!!』


 驚愕きょうがくしたように目を剥き、アースドラゴンが断末魔だんまつまを上げる。


 アースドラゴンが魔石へと姿を変え、コロリと地面に転がった。


「な、なにが起きたんだ……」


 エリーゼ先輩も呆然と目を見開いている。俺がアースドラゴンを倒せるなんて、思ってもみなかったのだろう。


 無理もない。30レベルの従魔で120レベルのモンスターを倒すなんて、ジャイアントキリングもはなはだしいのだから。


「これがゴーストナイトの真価っす」


 ポカンとしているエリーゼ先輩に、ニッと歯を見せながら解説する。


「『疾風の腕輪』の先制効果でバーサクを即発動。パージでHPを1にして、リバーサルストライクに繋げる。一撃大ダメージの超火力コンボっす」


 通称『バーサクリバスト』。ファイモンのコンボのなかでも、最大級の火力を誇る組み合わせだ。


「きみはとんでもない男だな、まったく」


 俺の説明を聞いて、エリーゼ先輩が溜め息を漏らした。


 そんなエリーゼ先輩に、駆けよってきたレイシーが抱きつく。


「レイシー?」

「心配、しました……っ」


 離さないとばかりにエリーゼ先輩を抱きしめるレイシーの体は、かすかに震えていた。


 エリーゼ先輩が、普段のクールさが嘘みたいに柔らかく微笑む。


「すまない。きみを置いていくことなど、わたしにはできないのにな」


 レイシーの頭をいつくしむように撫でながら、エリーゼ先輩が俺に顔を向ける。


「助けてくれてありがとう、マサラニアくん。ここまでの実力を見せつけられたんだ、勝負はわたしの負けだな」

「いえ。せっかくですし、白黒つけましょうよ」


 エリーゼ先輩が怪訝けげんそうに眉をひそめる。


 そんな先輩の前で、俺は魔石を取りだしていった。


 1個、2個、3個……5個……10個……30個……


 70個を超えた辺りから、エリーゼ先輩の顔が引きつりだし、


「合計115個。エリーゼ先輩のほうはどうっすか?」


 俺のかたわらに、魔石の山が築かれた。


 エリーゼ先輩は言葉もなく魔石の山を眺め、不意に「あはははははっ!」と笑い声を上げる。


「つくづくきみは、わたしの想像を超えていくな」


 エリーゼ先輩が諸手もろてを挙げた。


「参った。わたしの完敗だ」


 負けを認めたわりに、エリーゼ先輩の顔は晴れやかだった。


「きみになら、レイシーを任せても構わないだろう」

「あ。そう言えばそんな話でしたね」

「ただ、ひとついいかな、マサラニアくん?」


 エリーゼ先輩が満面の笑顔を浮かべる。


 どうしてだろう? その笑顔を見ていると、全身が粟立あわだつような悪寒を覚える。


「レイシーを泣かせたらタダではすまさない。きもめいじておいてくれよ?」


 そもそも、どうしてエリーゼ先輩が、レイシーに対して過保護になるのかはわからない。


 レイシーとの仲を認めてもらうために、どうしてエリーゼ先輩と勝負しないといけなかったのかも、わからない。


 しかし、ひとつだけわかることがあった。


「う、うっす……了解しました」


 そう答えないと、エリーゼ先輩にひねり潰されることだけは。

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