第2章 ── 第2話

「いいですか?」


 ヴァリスはマリストリアの前に正座で座った。

 マリストリアも真似をしてヴァリスの前に座る。


「これは生木です」

「生木とは何じゃ?」

「そこからですか……」


 ヴァリスは深く溜息を吐く。


 ヴァリスは生木と枯れ木の違いに付いて細かく説明する。


 生木には水分が多い為、着火に使うには不向きであること。

 薪として使うことはできるが、燃やすと煙が大量に発生すること。


 野営の基本的知識なのだが、冒険に出たマリストリアには初めて耳にする常識だった。


「ほえー。なるほどのう。

 で、見分けるにはどうするのじゃ?」


 ヴァリスはマリストリアが擦り合わせていた部分を見せる。


「いいですか。この部分の皮がなくなって白くなっているでしょう。

 この境い目を見てください。少し緑色ですね?」

「そう言われてみればそう見えなくもないのじゃ」

「生木はこのように緑色が出るのです。枯れ木は茶色っぽくなります」

「では全ての木を擦り合わせてみればわかるのじゃな!」


 ヴァリスは首を横に振る。


「それでは疲れてしまいます。

 枯れ枝は曲げれば直ぐにわかりますよ。ポキリと簡単に折れますから。

 生木は曲がり、折れにくいのです」


 手に持った木の枝をヴァリスは曲げてみせた。

 枝はしなやかに曲がり、折れる気配を見せない。


 マリストリアも自分が拾ってきた枝を取り上げ曲げてみる。


 グイッと曲げてみたが、確かに折れない。

 さらにグイグイと曲げ、一八〇度近くになってポキッと漸く折れた。


「むむ。これは生木というヤツじゃろか? 一応折れたのじゃが」

「それだけ曲げれば生木も折れますよ」


 マリストリアは次々と拾ってきた枝を曲げていく。


 集めてきた枝のうち、しっかりと枯れていたのは一割にも満たなかった。


「こっちが枯れ枝じゃ。こっちは全部生木じゃのう」


 折角集めた木の枝の殆どが生木だった事にマリストリアは、 自分の枝拾いスキルは紛い物だったのだとガッカリしてしまった。


「大丈夫ですよ。生木でもちゃんと燃えますから。煙は凄いですけどね」


 ヴァリスに励まされ、マリストリアは少し気分が上向きになる。


「うむ。それでどうやって火をつけるのじゃ?」


 ヴァリスは枯れ枝で焚き火を組みつつ何本かしっかりした枯れ枝を選んだ。


「これで火をつけましょう」

「うむ。では我がつけてみよう!」


 ヴァリスから枯れ枝を引ったくるとマリストリアは猛然と擦り合わせる。


「ぬおおおおお!!!!」


 だが、いくら擦り合わせても一向に火はつかない。


「つかぬ!!」


 息切れしたマリストリアは枯れ木を放り出して地面に大の字に寝転がった。


「説明は最後まで聞かないと……」


 ハァとやるせなさそうにヴァリスは溜息を吐き、マリストリアが放り出した枯れ枝を拾った。


「いいですか? さっきのように擦り合わせても火はつきません。

 同じ部分をずっと擦り合わせなければならないので、手で持ってやっても駄目です。

 ナイフか何かお持ちですか?」


 ナイフを所望されマリストリアは無限鞄ホールディング・バッグからナイフを取り出すとヴァリスに渡す。


 ヴァリスは組んだ焚き木の近くに座り込み、枯れ木の片方に細工を始めた。

 何を始めたのか気になったマリストリアは起き上がると、ヴァリスの手元を覗き込んだ。


 ヴァリスは木の枝に一箇所を削って少し平らな部分を作った。

 その平らな部分の横を更に少し削り、木を毛羽にしている。


「それは何のまじないじゃ?」

「こうする事で火がつきやすくなるんですよ」


 ヴァリスはもう一方の真っ直ぐな枯れ木を細工し、先端を削って尖らせている。


 作業が終わるとヴァリスは毛羽のある枝の左右の端を足で固定した。


 毛羽に挟まれた丸く少し削られた部分に、先程の尖らせた木を当てる。

 そして、両の手では挟んだ枝をクルクルと回し始めた。


「おおー。それはどんなスキルじゃ?」

「スキルはないんですが」


 シュッシュッとヴァリスは木を回転させる速度を上げていく。

 マリストリアは面白そうに木と木が擦れ合う部分を見つめる。


 しばらく見ていると、木の合わさっている部分からうっすらと煙が立ち上がり始めた。


「おお? 煙じゃな! 火がついたのかや!?」

「もう少しです」


 さらにシュッシュとヴァリスが続けていると、火の粉が飛び始めた。

 そして、木の毛羽に小さい火がついた。


「ついたのじゃ!!」


 マリストリアはぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 ヴァリスはついた火に軽く火を吹きかけ、火を大きくしていく。

 大きくなった火種を焚き木の下に押入れ、さらにフウフウと息を吹きかける。


 火が組まれた枯れ木にどんどんと燃え広がり、パチパチと音を立てる。


「おぬし、すごいのう! 簡単に火をつけたのじゃ!」

「いえ、普通の事です。本当なら火口箱でつけたほうが簡単なんですが」


 マリストリアは首を傾げる。

 火口箱というのは何の事だかサッパリ判らないのだ。


「その火口箱とは何じゃ?」

「そこからですか……」


 ヴァリスは又もや大きく溜息を吐いた。


「えーと、どんな道具をお持ちなんでしょうか?

「道具かや? この袋の中に色々と入っておるがよく解らぬ」


 マリストリアは無限鞄ホールディング・バッグの垂れ幕を開いて、ヴァリスに見せた。

 ヴァリスも開いた鞄の中を覗き込む。


「これは……無限鞄ホールディング・バッグですね」

無限鞄ホールディング・バッグとは何じゃ?」

「私も見るのは初めてですが、商人や高位冒険者が使っている魔法道具だそうです」

「魔法道具のう。確かに見た目より大きいものも入るようじゃし、魔法道具なのじゃろうな」


 マリストリアはニッコリと笑うが、ヴァリスの視線は厳しい。


「大変貴重な物です。あまり他人には見せない方がいいでしょう」

「何でじゃ?」

「奪われたり、盗まれたりする危険があります」


 強盗やスリ師に狙われたら、あっという間に失うことになるとヴァリスはマリストリアに言って聞かせた。


「おぬしも盗むのかや?」

「いえ、私が手に入れても……」


 ヴァリスは中天に浮かぶザバラスを見た。

 マリストリアも見上げる。

 大きな月ザバラスの輝きは、夜の帳が降りた森にも淡い光を届けてくれる。


「私が手に入れてもずっと持っていることは出来ないでしょう」

「そういえば人狼であったな?」

「いえ、人狼の呪いですので本当の人狼ではありません」


 ヴァリス曰く、人狼の呪いは、人狼に傷つけられた者が、人狼を殺す事で掛かる呪いだという。

 人狼は自らを死に追いやった者にこの呪いを掛けるのだそうだ。


「難儀じゃな」

「仕方のないことです」


  焚き火を枝で突きながら火を管理するヴァリスは、自分の境遇を既に諦めているらしい。


「治せないのかや?」

「治すには神官プリーストに大金を積まねばならないでしょうね。

 それにこの近辺には神官プリーストはおりませんし」


 どうやら、世界樹の近辺に治せそうな者はいないらしい。

 マリストリアは腕を組みながら「むーん」と悩む。


「ふむ。では、治せる者を一緒に探してしんぜようぞ!」


 その言葉にヴァリスは目を見開いた。


「え?」

「え、ではない。

 我が治せる者を見つけてやろうと言っておるのじゃ!」

「本当に……?」

「無論じゃ。我は嘘は吐かぬ」


 満面の笑みで言い切ったマリストリアをヴァリスは眩しそうに見た。

 そんな優しい言葉を村を追い出されてからヴァリスに投げかけてくれた人物には出会ったことはない。


 生きるのすら難しい命の危険が常に付きまとう中央森林で、そんな優しさは死活問題とも言える。

 冒険に出たばかりというマリストリアが、ヴァリスは心配になった。


「貴女は優しすぎます。そんなでは中央森林では行きていけませんよ」

「何を言うか。

 我は守護騎士ガーディアン・ナイト

 人を守るために生まれてきたのじゃぞ!」


 えっへんと胸を張り腰に手を当てるマリストリア。


 野営の常識もない中央森林のど真ん中に小さい子供がいるというのも信じられなかったが、その言葉を聞いてヴァリスは少し得心が行く。


守護騎士ガーディアン・ナイト……上位クラスなのですね。

 ああ!?」


 ヴァリスが突然素っ頓狂な声を上げた。


「何じゃ!? 何か出たかや!?」


 マリストリアは周囲を警戒する。しかし、マリストリアの視界には何も捉えることはない。


「あ、済みません。大事な事をお聞きするのを忘れていたのです。それを思い出しまして……」


 マリストリアは警戒を解き、ヴァリスに向き直ると首をコテリと傾げた。


「聞きたい事とは何じゃ?」

「貴女のお名前を聞いておりませんでした」

「ああ、確かにおぬしの名前しか聞いてないのう」


 マリストリアはそういうと、ビシッと指を立てて天空に振り上げた。


「我の名前はマリストリア・ニールズヘルグ! 伝説の冒険者を目指す者じゃ!」


 その名乗りは静かな森に響き渡る。


「ニールズヘルグ……?」


 ヴァリスの目が大きく見開かれ、息を呑むのが聞こえる。


「黒き古代竜様のお名前に……」

「何じゃ? 我の一族を知っておるのかや?」

「いえ、響きが似ておりましたので……」

「当然じゃろう。それにあやかって付けた名じゃからな」


 マリストリアは悪びれもしない。

 正当なニーズヘッグ氏族の生まれなのだから当然と言える。


「強き者の名にあやかったのですね」


 ヴァリスはホッと胸を撫で下ろした。

 マリストリアが本当にニーズヘッグの者とは知らないのだから。


「マリストリア様は身体は小さいようですが、守護騎士ガーディアン・ナイトであらせられるし、相当お強いとお見受けします」

「うむ。結構頑張ったからの!」

「でも、私の呪いは簡単には解けないと思いますが……」

「安心するのじゃ。我は伝説の冒険者を目指しておる。簡単には放り出さぬ」

「しかし、私は報酬をお支払いできません」


 マリストリアはヴァリスを上から下まで見る。


 さっきまで大狼だったので素っ裸。

 もちろんマリストリアが持つような無限鞄ホールディング・バッグも持っていない。


「まあ……報酬は良い。本によると冒険者は報酬をもらうのが当たり前なのじゃが、今回は負けておこうかのう。ただしじゃ!」

「ただしですか?」

「うむ。我は冒険に出たばかり故、火の起こし方も知らぬ。

 我に同行し、そういった知識を我に分けてたも!」


 その言葉にヴァリスは少し笑った。

 マリストリアには、それが了承の意味に見えた。


「よろしくお願いします」

「うむ。ドラゴンに乗った気でいると良いぞ!」

「それは恐れ多くも大変な安心感ですね」

「そうじゃろう?」


 二人はアハハと焚き火の前で笑いあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る