第2章 ── 第3話
「いつまでも素っ裸というのも駄目じゃろ?」
マリストリアは
「よろしいのですか?」
「構わぬ。我には大きすぎるモノもあるようじゃからな」
大量に取り出した衣服からヴァリスは幾つか選んで着込んだ。
「大人用の服もありましたね」
「我も中身は把握できておらぬ。住処にあったものを持ってきただけじゃしな」
「住処ですか……」
ヴァリスはマリストリアの選択する単語に首を傾げるも、人間とは話したことがないのでエルフが使う言葉とは違うんだろうと一人納得してしまう。
「他にも色々入っておるのじゃ」
マリストリアは、外の知識を持つヴァリスに
「色々入っていますね……おや、これは……」
ヴァリスは取り出した棒状の道具をしげしげと見つめる。
「それは何じゃ?」
「これは、もしかして?」
ヴァリスは目を瞑って精神を集中する。
『ルーリン・アイデル・エルフォルス、
「あー、マリストリアさん」
「何じゃ?」
「これ、魔法道具です。
「便利魔法かや?」
「火属性の魔法で、可燃物に火をつけられるモノですね」
「じゃから?」
「枯れ木を擦り合わせる必要はないという事です」
「おー!」
便利魔法道具に大喜びするマリストリアだが、自分の所持品すら把握していない彼女を心配そうにヴァリスは見た。
マリストリアさんは、大丈夫なんだろうか?
ヴァリスがそんな心配顔をしていても、マリストリアは全く気づかない。
「他には何があるのじゃ?」
マリストリアはヴァリスと
何日か分の保存食、大量の衣類、調理用器具に食器、武器や防具の数々、冒険に使う道具や素材、テントや寝袋などなどなど。
貨幣もいくらか入っていたが、銀や銅ばかりで金は一つもない。
「銀貨が五枚、銅貨が四枚、青銅貨が三枚、黄銅貨が五枚、鉄貨が三一枚ですね」
「それがどれだけの価値か解らぬが……」
「随分と箱入りだったんですね?」
「箱入り? まあ、金で出来たこういうのは大量に見ておったのじゃが、持ってきておらぬからのう」
「山盛りの金貨ですか、凄いですね」
まさかマリストリアが金貨の大山をベッドにしていたことなど、ヴァリスは知らない。
とんでもない金持ちの子なのだろうとは思ったが。
「人間と取引をする時に、貨幣は必要になります。大切にした方が良いでしょう」
「ふむ。では大切にしておくかのう」
ヴァリス自身も人族が作り出す貨幣を使った事はないが、知識としては知っていた。
これと交換で欲しい品物を手に入れるのだ。
彼の生まれた村でも村長やその側近が持っているのをヴァリスは見たことがある。
その後、夜番の順番を決め、二人は交代で眠った。
しかし、世界樹に近いからか、野獣などの襲撃も無なかった。
翌日の朝、マリストリアはヴァリスと東へと向かう。
「東には何があるのじゃ?」
「ここから三日ほど歩きますと、私が住んでいたエルフの村があります」
「エルフかや? 耳が尖っておる以外に人族と何が違うのじゃ?」
ヴァリスは少々困ったような顔をする。
「違いですか……エルフと一言で言うなら人ではなく妖精ですね。
創造主たる神に違いがあります。
森や丘などに住むエルフは女神アルテル様がお作りになられました。
定住する地の秩序を守る者として作られたと言われています」
ふむと一言唸ってから、マリストリアは考えた。
ドラゴンは何をするために生まれたのかを。
古代竜の種族は破壊の女神カリスによって、創造の神の軍勢と戦うために作られたと言われている。
しかし、古代竜の始祖たちはカリスを裏切った。
ドラゴンは戦いは好きだが、破壊には頓着しないし、他者を殺すのは好きではない。
古代竜の古い言葉に「殺すは容易いが、生かすも一興」というものがある。
これは、「戦い合った相手を生かせば、次に出会った時により強者になっているはずで、次の戦いはより楽しいものになるはずだ」という戦闘好きのドラゴンの基本理念である。
そして戦いあった者同士が酒を酌み交わすはもっと楽しいと古代竜たちは思っている。
もちろん、古代竜と互角に戦い合える存在は、地上の生物には殆ど存在しないだろう。
何万年も前、古代竜たちは秩序の神々との戦いは望んだが、カリスの神殺しの命令には従いたくなかったのだ。
カリスは自分たちを創造した神なので、なまじ命令無視もできない。
直接の命令は魂を縛るので、とっとと姿を隠したというのが現実だったようだ。
秩序の神々に恭順した古代竜もいる。
神々に従った竜は、時折神々と戦う事や神々の作る酒を条件としたとも伝わっているので、基本的にドラゴンは戦闘狂で酒飲みなのだ。
カリスと直接戦うことは前述の理由から拒否したようだが、カリスの軍勢との戦いにおいて、恭順した古代竜は大いに力を発揮したという。
我の存在理由はなんじゃろか?
ニーズヘッグ氏族は世界樹の地の底に住み、世界樹に仇なす存在を狩る事を秩序の神と約束したらしい。
だが、マリストリアはそんな約束は兄者に任せ、外の世界で自由に生きる事を決めた。
我は伝説の冒険者のように外の世界を楽しみたい。
それが我の存在理由じゃろな!
外の世界を楽しむには、外の秩序を守り、従うことが重要じゃ。
壊してしまっては楽しいモノが全て無くなってしまうではないかや?
現にヴァリスというダーク・エルフは、マリストリアの知らぬ外の知識をたくさん心得ているようだ。
そういうモノを文化と呼ぶらしい。
ドラゴンの文化とは全く違う外の文化が、マリストリアにとって楽しみで仕方がないのだった。
二日目は大した事件もなく日が暮れた。
早速、前日のように二人で野営の準備を始める。
ヴァリスがテントを張り、マリストリアは集めてきた枯れ葉を中に敷き詰める。
二人で枯れ木を集め、焚き火の準備をする。
「準備完了じゃな。これで火をつけるのであろ?」
「そうです。その穴を焚き火に向けて、そこの突起を押してください」
「うむ。やってみようぞ!」
マリストリアは『
ジュボッという音と共に直ぐに火がついた。
「おお! これは便利じゃな! とにかく火がつくのが早いのじゃ!」
最初からこの道具の存在を知っていれば楽だっただろうとマリストリアは思う。
知識はとても重要なモノなのじゃなぁ。
兄者が本を大量に集めていた意味がよく解ったのじゃ。
焚き火で保存食を炙り、ヴァリスと二人で分けて食べた。
生肉の方が断然美味いとマリストリアは思ったが、人は生では食べないらしいので我慢して喉の奥へと押し込む。
ヴァリスにも小樽を渡す。
小樽から水を飲み、ヴァリスは小樽を振る。
「明日は水を確保した方が良さそうです」
「そうじゃな。それ一つしか袋には入ってなかったしの」
「ここから半日ほど先へ進むと、小さな川があります。そこで補給しましょう」
「やはり水はもっと持っておくべきじゃろか」
「そうですね。この小樽は他にもありますか?」
「空のが三つほどあるのう」
マリストリアは空の小樽を取り出して地面に並べる。
「四つ分の水があれば、一週間は保ちますね。早めに気付いて良かったですね」
「やはり水は重要かや?」
「大変重要です。生き物は水がなければ生きていけませんから」
そんなものかとマリスは思う。
住処の地下には大きな地底湖があった。
なのでマリストリアは水に困った事がない。
時々その地底湖に飛び込んで泳いだりしたものだが、森の中には大きな湖はないのだ。
「大きな水溜まりがあれば泳げるのじゃがなー」
「湖なら南に四日ほど行けばありますね」
ヴァリスによると中央森林の南側にヴァレリス湖という湖が存在するらしい。
そこは「ルクセイド領王国」という人間の国なのだという。
「中央森林に人間はおらんのか?」
「村は幾つかあるそうです。
でも人間には住みにくい森ですので、エルフなどの森の妖精族やアラクネーやケンタウロスなどの大きい種族が殆どでしょう」
その他にもコボルトやゴブリン、オーガやトロールといった人類種には危険な種族もいるので気をつけた方がいいらしい。
そういった種族も幾ばくか知性を持っているらしいく、交渉次第では平和裏に取引ができることもあるようだが、期待はしない方がいいとヴァリスは付け加える。
夜も更けてきたので、マリストリアが先に夜番に立ち、ヴァリスには寝てもらう。
一人、焚き火を突く。
マリストリアは夜番があまり好きじゃなかった。
一人でボーッと火の番をするのは退屈極まりないからだ。
それでもゆらゆらと揺れる火を見ていると時間がどんどんと過ぎていく。
時折、枯れ木を放り込んで、火が消えないようにしなければならない。
──パキリ
その音は突然耳に入ってきた。
枝の焼けるパチパチという音ではなかった。
マリストリアは周囲を見渡す。
北にある木の陰に温度の高い滲みが見える。
何かおるな……?
マリストリアは
──パキリ
また聞こえた。
音は近づいてきている。
剣と盾を掴むと、マリストリアはテントに駆け込む。
「ヴァリス! 起きるのじゃ! 何かが近づいてきておる!」
その言葉にヴァリスは弾かれるように起き上がり、すぐにマリストリアが与えた
「敵ですか!?」
「まだ解らぬ。じゃが枝を踏む音が北から迫ってきておる」
二人の顔に緊張の色が浮かぶ。
テントの垂れ蓋をずらして外を窺いながらも二人は息を殺す。
何が来ておるのじゃろか……
敵であればヴァリスを守らねばならぬのう!
マリストリアはギュッと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます