第1章 ── 第7話
明日の出発に合わせ、マリソリアは冒険の準備に取り掛かった。
「必要なものは何じゃろか? やはりカッコいい冒険者名じゃろう!」
トリ・エンティルは本名をトリシア・アリ・エンティルと言うそうだが、トリ・エンティルと短く自称している。
マリソリアは、そんな感じに名前を変えたいと考えた。
じゃが、どんなのが良かろうかのう?
やはりトリ・エンティルみたいな感じにしたいと思ったが、名前を似せては真似っ子と思われそうなのが気になる。
「やはり我の名前をもじってみようかのう。
誇り高きニーズヘッグに
アレコレと考えて、トリシアっぽい語感とニーズヘッグっぽい語感を意識した名前に決めた。
『マリストリア・ニールズヘルグ』
何個も考えた内、一番しっくり来そうな名前にした。
「マリストリア・ニールズヘルグ……マリストリア・ニールズヘルグ……マリストリア・ニールズヘルグ……」
何度か口に出して見てマリソリアはニンマリと笑った。
「いい感じじゃな! これで行こうぞ!」
一番重要な名前が決まったので、マリストリアは次の準備に取り掛かる。
「騎士たる者、まずは鎧じゃ。自分すら守れずして他者を守れようはずもないのじゃ」
マリストリアはあのゴテゴテした金属鎧をメインの防具にしようと決めていた。
何せ、今の彼女にピッタリ合いそうな鎧は、これしか見当たらないからだ。
どうやったらコレを装備できるかと見下ろしながら思案する。
じっくりと鎧を観察してみると、胴鎧部分と腕部分の金具は少々前側にずらして付いている気がする。
兄者の蔵書にあった本の全身鎧の項目をじっくりと読んだ時には思い至らなかったが、コレには意味があるに違いない。
二時間ほど弄くりまわした結果、これは一人でも鎧を着られるように考案されたのではないかと結論が出た。
「やってみればわかるじゃろう。よし、着てみるのじゃ」
自分が導き出した結果を頭の中でイメージしながらマリストリアは鎧を着てみる。
まずは、鎖で出来たチュニックのようなものを頭から被る。
ジャラジャラ鳴るし、少々重い気がするがマリストリアは気にも留めない。
続いて胴鎧からだ。前と後ろの板金鎧の肩の部分のバックルを最初から締めておき、首の部分に頭を通す。
サンドイッチマンのような状態になるが、脇腹付近の留め金は余裕で手が届くのでそれをパチリ、パチリと左右、それぞれ二つある金具を留める。
胴鎧は上手く着ることが出来た。
「おー、良い感じじゃぞ。
続いてスカート風の板金を腰に下げる。
まずは後ろの留め金に引っ掛け、腰の左右にある留め金にピンを刺す。
これで固定完了だ。
太もも、脛、脚までの部分の鎧は一体化しているが、関節部分のジョイントが上手く出来ていて、面白いように身体にフィットする。
バンドで締めてから留め金で固定する仕組みのようなので、そのようにしっかりと脚に装備した。
脚の鎧の装着が完了したマリストリアは、屈伸したり、歩いたり、全力疾走してみたりして具合を確かめる。
「少々動きづらく思うのじゃが、こんなもんじゃろか?」
虚弱な人間の柔肌を守る鉄の服だけに、しっかりとした防御力を感じる。
「最後は腕じゃな!
腕の鎧も脚の鎧と同じような造りだが、胴鎧側の肩の部分に革のバンドがあり、これで腕の鎧を吊り下げられるようになっている。
重さで抜け落ちないようにするためだろうとマリストリアは推察した。
肩のバンドを連結させ、続いて上腕を革のバンドで腕に固定する。
内側の装甲板を外側の装甲板と合わせてから留め金を締める。
下腕部分も似たような造りだが、手の部分は手袋のようになっているので、指を伸ばして突っ込む。
「おー。この部分は面白い造りじゃな」
マリストリアは手を開いたり閉じたりしてガントレットの動きを確認する。
「器用に動かせそうじゃな」
左腕の装着も終わったので、右腕の装着も同じように行う。
ガントレットの所為で少々付けづらかったが、なんとか装着が完了する。
最後はヘルメットだ。
通常の全身鎧なら、胴鎧よりも前にコイフというモノを被ってからヘルメットを被るべきなのだが、マリストリアが手に入れた全身鎧は、ヘルメットの内側にハード・レザーが貼り付けてあり、コイフは必要無い作りになっている。
マリストリアはヘルメットをすっぽりと被り、全面のバイザーを跳ね上げてみる。
「おー。なんかカッコいい!」
マリストリアはガチャガチャと音を立てながら様々なポーズをとってみる。
動きに問題はなさそうだし、防御力も十分だろう。
マリストリアは嬉しくなってニヤニヤが止まらない。
ベルトを腰に巻いて、それに
「これで鎧はバッチリじゃが、盾と剣も装備してみなければ解らぬな」
マリストリアは
大剣や長剣、ナイフやダガー、ショート・クロスボウなど、いくつもの武器が入っている中で、一番使いやすかったモノを取り出す。
「これじゃ!」
それは
マリストリアの身長からすると、普通の片手用の剣などでは長すぎてバランスが悪い。
ビュッビュッと
「うむ。バッチリじゃ」
続いて盾だ。
木製だが金属で補強されたバックラー、それよりやや大きい
「やはり守るためには大きい方が良いと思うのじゃ」
そんな中から取り出したのはマリストリアの背の高さほどもあろう巨大な盾
だった。
長方形で板のように平らではなく、若干丸みがある
飾り気はないが、表面は板金で覆われ、内側は木製。取手が盾に付いており、腕に固定できるようにXの形に革の帯が備え付けてある。
盾の部分には横にスリットが付いていて、盾で全身を防御しなから前方を覗くこともできるようだ。
盾に長い革の帯が付いているが、これは背負う時に使うものだろう。
「デカイ!」
マリスは
「これは鉄壁じゃろ?」
再び剣を引き抜き、防御態勢と取りつつ剣を繰り出してみる。
盾を少々左にずらさないと攻撃しづらいが、防御は完璧に思われた。
「うむ気に入った。鉄壁
剣を鞘に収め、
「武装の準備は万全じゃな。後は何を準備すれば良いのかのう?」
冒険者の装備としては、日用雑貨や食料、野営装備など様々なモノが必要になるのだが、マリストリアには全く知識がない。
英雄譚には、そういった細かい事は書いてないのだ。
ただ、食料だけは必要だとマリストリアは考える。
しかし、人間の姿のままだと、ドラゴンの時に食べていたモノでは問題があった。
どうやら人は生肉などは食べないらしいという事が判っている。
豚か牛でも一頭持っていけばと考えていたが、そうもいかない。
まず、
こうなっては人間が携帯するような食料を用意しなければならないのだが、ニルズヘルグ一族の住処には全くない。
困り果てたマリストリアは兄者の部屋と転がり込んだ。
「兄者~~! 困ったことが!!」
「うわ!? あれ? マリソリア??」
全身鎧に身を包んだマリストリアを見たゲーリアは少し驚いたが、可愛い妹の声に相好を崩す。
「兄者よ。我は冒険者名を決めたのじゃ。これからはマリストリア・ニールズヘルグと呼ぶが良い!」
「おお、冒険者っぽ~い」
「そうじゃろ? って、そんな事は良いのじゃ! 兄者よ! 食料がないのじゃ! どうすればよいか解らぬ! 知恵を貸してたも!」
マリストリアは地団駄を踏んでアピールする。
「食料? 牛じゃ駄目なの?」
「この袋には入らん! それに人型では生肉は食えぬようじゃ!」
「あー、なるほどね。
でも住処には人間の食べ物なんて無いなぁ」
「本には料理というモノが出ていたが?」
「人間の料理か。肉を焼いたりするらしいね?」
「焼くのかや? ブレスで?」
ゲーリアが吹き出した。
「ぷはは。真っ黒に焦げるだろうね。いや、燃え尽きちゃうかも?」
「それを食うのかや? あまり気が進まんのう……真っ黒にすると苦いしのう……」
「うーん。ちょっと待ってね」
ゲーリアは書棚をあちこち探して、一冊の本を持ってきた。
「これを持って行きなさい」
「これは何じゃ?」
「野外生存術教本って本だね。外での生き残り方が書いてあるんだ」
マリストリアは受け取った本の中身をパラパラと捲る。
火の付け方や野営の方法、水の見付け方など、色々な事が書かれていた。
現実世界で言えば「サバイバル・ハンドブック」という奴だろう。
「兄者、これは助かるのじゃ。
獲物の捕り方まで書いてあるようじゃし」
「うん。知識は宝だからね。人という脆弱な生き物なら尚更だろう」
「兄者は面白い事を言うのう。肝に銘じようぞ」
次の日、マリストリアは兄者と住処の入り口に立っていた。
「マリソリア……いやマリストリアだったね。
外の世界は危険がいっぱいだ。
慎重に慎重を重ねて旅をするんだよ……」
「判っておるのじゃ。安心してたもれ」
外の陽射しは篝火しかない住処の中とは比べ物にならないほどに輝いている。
見上げれば、世界樹の枝の隙間から木漏れ日が見え隠れしていた。
「あの光ってるのは何じゃ?」
「あれが太陽だよ」
「おお、あれが噂の太陽じゃったか!」
ゲーリアがマリストリアに視線を向けた。
「それで、どっちに行くつもりだい?」
「そうじゃな。まずはトリ・エンティルが所属していたというブリストルという町に行ことう思っておるのじゃが」
「ブリストルか。なら東だね。ここからあっちへ向かって歩いていくんだ」
ゲーリアが指差す方向には、鬱蒼とした原生林が続いている。
「歩きにくそうじゃな」
「そりゃ、我らの住処まで繋がるような道はないからね。
いいかい。この世界樹の周囲には色々な生物が住んでいる。
魔獣や野獣の類もいっぱいいる。
人類種には非常に危険な存在なんだ」
「ふむ。今の我には危険という事じゃな?」
「うん。だから気をつけておくれよ。
東の方に歩いていくと、森を抜ける前に幾つか人類種の村があるはずだ。
そこで情報を集めるのが良いだろうね」
「了解じゃ。兄者、それでは行ってくる!」
マリストリアはもう我慢できなかった。
東へ向けて全力疾走を開始する。
後ろからゲーリアが何か叫んでいたようだが、もうマリストリアの耳には聞こえなかった。
清々しい森の空気を大きく吸い込み、マリストリアは走り続ける。
こうして、マリストリアの大冒険の日々が始まった。
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