第183話 空中都市に衝撃走る

「まさか、そこまで差し迫った事態になっているとは・・・・・・」


 空中都市ラームの領主代理であるレットは、カズキから話を聞くと苦悩の表情を浮かべた。


「その様子だと、何かしら問題は起こっていたようだな」

「はい。この都市は知っての通り空に浮かび、そしてゆっくりと移動しています。いえ、いました。当然、障害物に衝突するのを避けないといけない為、安全を取ってこの世界に存在する一番高い山の二倍の高度を浮遊するよう設計されています。ここまではよろしいでしょうか?」

「ああ」


 カズキ達が頷いたのを見て、レットは先を続ける。


「ただ、高度が高い場所では空気が薄くなります。その状況で生活するのは困難を伴う為、この島の周囲は常に風属性の結界で覆われているのです。これによって地上にいるのと変わりなく生活できるのですが、最近になって結界を維持しているマジックアイテムの一つが魔力を失い、使用不能になってしまったのです。幸い予備はあったのですが、それも凄い勢いで魔力が失われている状況で・・・・・・。本国に連絡して地上に降下させようにも音沙汰がなく、かといって勝手に地上に降下して、そこがどこかの都市だった場合は目も当てられません。ここからでは地上の様子が分かりませんから」


 レットの言葉に顔を見合わせるカズキとフローネ。暫くして重い口を開いたのはカズキだった。


「あー、言い難いんだが・・・・・・」

「何でしょう? 住民を救う為ならば、この都市ごと明け渡しても構わないのですが」


 レットは、カズキ達の素性を敵対国の王族ではないかと考えていた。空中都市の中で一番小さいこの島を手に入れ解析し、世界で一番進んでいる魔法技術を盗むのが目的だと考えていたのだ。

 だから先手を打って頭を下げたし、館の人間にも同じことをさせた。全ては住民を守るという決意の表れだったが、事態はレットの想像の遥か斜め上を行き、途中で捻りを加えて全く違う方向にジグザグに突き進んでいたのだ。


「あんたらの文明、とっくに滅亡してるんだわ」

「「・・・・・・はい?」」


 カズキの言葉にリックスとレットの時間が止まった。




「つまり、今は我々が生きていた時代から少なくとも1,000年経っているという訳ですか・・・・・・。成程、本国と連絡がつかないわけだ」

「「「・・・・・・」」」


 一度に話した方が面倒がないからと、急遽集められた側近たちと共にフローネの話を聞いたレットが、溜息を吐いて項垂れる。側近たちは先程のリックスとレットのように、余りの衝撃に固まってしまった。


「やっぱり刺激が強すぎましたかね?」

「仕方ないさ。何が何だかわからない内に1,000年経ってた上に、この島は一ヵ月以内に墜落だ。片方だけでも信じ難いのに、一遍に二つだ。こうなるのも無理はない」


 事実を受け入れる時間も必要だろうと、レットの執務室を出たカズキ達(ロイスは用事が終わったので帰ったが)は、館の庭で少し遅い昼ご飯を食べながら、先程のお通夜のような光景を思い出していた。


「問題は、ここのトップであるレットでさえ、そうなった原因を知らないって事だ。折角師匠の手掛かりが掴めると思ったのに。なあ、ナンシー、クレア?」

「ニャー」

「ミャー!」


 カズキの問いかけに、ナンシーは気にするなと鳴き、クレアは残念だと悔しがった。ここに来た一番の目的は『時間を止める魔法』の手掛かりを探す事で、猫達、特にクレアはそれだけが目的だったのだ。

 とはいえ、クレアも空中都市の住人がどうなってもいいと考えている訳ではない。ただ単に、カズキが動いた以上、この都市が救われるのは確定しているので、自分が考える必要はないと思っているだけである。


「・・・・・・カズキ様」


 それから二時間ほど経っただろうか、食後のブラッシングを終え、昼寝しているナンシーとクレアを愛でながら雑談しているカズキとフローネの前に、リックスとレット、そして側近たちが姿を現した。


「どうかこの都市を救うために、お力を貸していただけないでしょうか?」


 レットがそう言って頭を下げる。リックスと側近たちもそれに続いた。


「頭を上げてくれ。この島を救うのは構わないんだ。俺達がここに来た目的でもあるからな。問題は、あんたらがどういう形で救って欲しいのかだ。今のまま空中都市として存続したいのか?」

「それは――」

「レット!」


 カズキの問いにレットが答えようとしたその時、ドスドスドスという思い足音と共に、何処かで見た覚えのあるメタボオークが現れた。


「あれ? アイツってブタ箱にぶち込まれたんじゃなかったっけ?」

「そうですよね? それに心なしか、一回り大きくなっているような・・・・・・?」


 カズキとフローネが疑問に思っていると、話の腰を折られて若干イラついた表情のレットが「豚の父親です」と教えてくれた。


「レット! 何故可愛い息子を――、ん?」


 現れた親豚は、その巨体を揺らしながらレットに詰め寄ろうとして、近くにいたカズキ達に気付いた。


「ほう、こんな所に美しい女がいるではないか。それに、見た事はないが毛並みの良い動物がいるな。そうか! この空中都市ラームの支配者、メタ・ボ・オーク侯爵への献上品という訳だなブヘッ!」


 そして、最後まで言い終わらない内に、猫を物扱いした事に怒ったカズキに殴り飛ばされ、地面にめり込んだ。

 その衝撃によって引き起こされた地震に見舞われた空中都市の住民たちが、地上に戻せと館に押しかけて来たお陰で、地上への避難はスムーズに進んだという。

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