第144話 ファイアドラゴンとの戦い その一

 カズキを『大賢者』だと知った冒険者とギルド職員は、直後に発生した火柱をカズキがあっさりと消滅させるのを見て、素直にその場を立ち去った。

 

「さて、そろそろかな?」

『うむ。もう間もなくじゃ』


 そんな話をしている二人の目の前で、仰向けで寝ていたドラゴンの体が浮き上がる。そして、ゆっくりと反転すると、今度は足を下にして、音もなく地面に着地した。

 山だった生き物が着地したのに地響き一つ立たなかったのは、街や村への影響を考えたカズキが魔法を使った為だ。


『ほう? 休眠から醒めてみれば、目の前に御馳走が用意されているではないか。今の所目覚めているのはロイス、お前だけのようだから、生贄を差し出して命乞いとでも言った所か? よかろう。を置いていくならば、今後一年はお前を喰らう事はしないでおいてやる。良かったなぁロイス? 僅かだが寿命が延びたではないか!」 


 そうとも知らず、ファイアドラゴン『フレイ』は、カズキを見て涎を垂らしながら、ロイスに話し掛けた。


『・・・・・・まさか、自分から同族を糧にしていた事を暴露するとはの。流石に予想外じゃったわ』

『他の奴らが起きていれば話は別だが、今はお前しかいないからな。そこの人間を喰った後にお前も喰らうのだから、話しても支障はあるまい?」


 約束を守るつもりはないと自ら口にしたフレイは、最早ロイスに興味などないとばかりに視線を外し、生贄として連れて来られた(と思い込んでいる)カズキの表情を拝もうと顔を近づける。

 圧倒的強者の自分に狙われた獲物が、恐怖や絶望の表情を浮かべている所をパクッといくのが、最高の食べ方だと思っているからだ。


「クレア、どうだ?」

「ミャッ! ニャーニャ、ミャーニャ、ミャウー!」


 だが、肝心の生贄カズキは、フレイのことなど眼中にない様子で、抱いている猫と話をしていた。

 

「ほうほう、煮ても良し、焼いても良しで、部位によって味わいも変わってくると」

「ミャー!」

「その上、味はこれまでの肉の中でも一番か。良く分かった」


 話を終えたカズキとクレアが、揃ってフレイを見上げる。ただそれだけなのに、フレイの本能は得体の知れない恐怖を感じ、自分でも気づかぬ内に後退っていた。


「さて、お前には二つの選択肢がある。一つ目は、抵抗せずに黙って食材になる事。二つ目は、抵抗して痛い目に遭ってから、食材になる事だ」

『あ゛!? 俺様のエサという価値しかない下等生物の分際で、そんな口を利く事が許されると思っているのか!?』


 基本的に自分以外は全てエサだという認識のフレイは、本能が発する警告にも気付かず、目の前の生意気なエサをどう料理する恐怖させるかを考え始める。

 一方、同族であるロイスはカズキの発言を聞いて震えあがっていた。一歩間違えれば、自分がカズキ達の食料になっていた可能性に気付いたからである(馬鹿なフレイは、その様子をカズキの後に喰われる事に対しての恐怖と解釈して、悦に入っていたが)。


「その言葉、そっくりそのままお前に返そう。所詮お前は、『リントヴルム』にも及ばない、ただのデカいだけのトカゲだろ?」

『っ! 殺す!』


 鼻で嗤ったカズキに煽り返されたフレイは、怒りの余りカズキを食べるという目的を忘れ、至近距離から炎のブレスをお見舞いした。休眠中に寝惚けて吐いていた火柱がマッチの火に思える程の、それは凄まじいブレスだった。だが――。

 

『『なっ!?』』


 ブレスを見舞われたカズキは平然としていた。これには、アイスドラゴンであるロイスも驚いたらしい。

 属性の相性的に有利な自分にも、完全には防げない程の炎だったからだ。


「この程度か? やはり、お前はデカいだけのトカゲだな」

『一度ならず二度までも・・・・・・っ!』


 ドラゴンにとって、トカゲと呼ばれるのは最大の侮辱だった。人間がサル呼ばわりされるような物である。


『貴様は絶対に許さん! 塵一つ残さぬよう、念入りに焼き払ってくれるわ!』


 そう叫んだフレイが空に舞い上がり、大きく息を吸う。感情のままに吐き出したブレスが通用しなかったので、確実に殺せるようにと考えたらしい。


「なぁ、ロイス」

『・・・・・・む? 何だ?』


 頭上で息を吸い続けるフレイに全く注意を向けていないカズキが、対照的に戦々恐々としているロイスに声を掛ける。


「『リントヴルム』との戦いで一番深手を負ったのは、アイツって話だったよな?」

『うむ。頭以外はあちこち齧られて、見るも無残な有様じゃったな。辛うじて胴体と頭は繋がっておったが・・・・・・。正直、あ奴が生き延びているとは思いもせんかったわ』

「へぇ。それはつまり、頭と胴体が繋がっていれば、死ぬことはないって解釈でいいのか?」

『・・・・・・恐らくは。じゃから、あ奴を確実に仕留めるには頭を狙うしかあるまいて』

「そうか。じゃあ、取り敢えず尻尾からいってみるか」

『は?』


 意味がわからなかったロイスがカズキの真意を問い質そうとしたその時、カズキの手の中に炎の剣が顕現した。

 

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