第135話 エルザが『聖女』と呼ばれる理由

 少女の先導で辿り着いた村では、何故か酒盛りが行われていた。

 泥酔して前後不覚の状態ならば、恐怖を感じず、訳も分からない内に殺される事が出来ると考えたらしい。

 だが見たところ、その試みは上手くいっていないようだった。

 いくら飲んでもデュラハンの悍ましい姿が脳裏にちらつき、上手く酔っぱらう事が出来ないのだ。


「・・・・・・これから殺されるって時に、冷静でいられる人間なんて滅多にいないか」


 酒を飲んでは吐いている村人たちを見て、沈痛な表情を浮かべるコエン。

 

「くっさ! いくら今日が命日だとしても、これは無いわね」


 コエン同様に沈痛な表情を浮かべてはいるが、鼻を摘まんでいるのはエルザ。少女が村人の介抱の為に離れた途端にこの台詞を吐いたのは、聖女モードで相当にストレスを溜めているからだ。


「村人は全員ここに集まってるから、魔法で浄化すれば?」


 気付いた時には猫まみれになっていたカズキが、幸せそうな顔でエルザに提案する。こちらは、二人と違って村人を気遣っている様子はない。それよりも猫のほうが大事だからだ。


「そうするわ。これ以上は耐えられそうにないし。【パージ】」


 鼻を摘まんだままのエルザが神聖魔法を発動すると、柔らかな光が村全体を覆いつくす。そして光が消えると、澱んでいた空気が清浄なそれへと変化していた。

 

「【キュアポイズン】」


 それを確認したエルザは、立て続けに魔法を使った。本来は毒を治癒する魔法である【キュアポイズン】は、何故か体内に入ったアルコールを毒と認識するからだ。


「酔いが醒めた・・・・・・?」

「今の光は一体・・・・・・?」


 突然起きた異変に呆然としている村人たち。

 

「みんな! 聖女様よ! 聖女様が助けに来てくれたの!」

 

 そんな村人たちに向かって説明になっていない説明をしたのは、村人の介抱をしていた少女だった。


「聖女さま・・・・・・?」

「『剣帝』や『大賢者』とともに邪神を倒した、あの聖女様か!?」

「そうよ! 村の状況をお伝えしたら、必ず助けるって約束して下さったの!」

「「「おおっ!」」」

「神は我々を見捨ててはいなかった!」


 ドヤ顔の少女が村の入り口へ目を向けると、村人たちの視線も同じ場所に移る。そこには摘まんでいた指を離したエルザがいて、穏やかに(村人視点)微笑んでいた。


「・・・・・・皆さん」


 注目が十分に集まったところで、エルザが口を開いた。

 静かだがよく通る声と、その神々しい(村人以下略)雰囲気のお陰か、騒がしかった村は一瞬にして静まり返る。

 誰もが一挙手一投足に注目する中、エルザが発した二言目は謝罪だった。


「知らなかった事とはいえ、今まで苦しめてしまった事、誠に申し訳ございませんでした」


 そう言って頭を下げるエルザ。慌てたのは、『聖女』に頭を下げられてしまった村人たちである。


「頭を上げてくださいっ!」

「そうです! 聖女様はついこの前まで、邪神と戦うために過酷な旅をしていたというじゃありませんか!」

「ですが・・・・・・」


 心から申し訳なさそうな表情を浮かべるエルザを見て、コエンが複雑な表情で口を開いた。


「さっきの態度との落差が酷いな。こうして遠くから見ていると、ちゃんと『聖女』に見える。・・・・・・きっと、本気で申し訳なく思っているからだろうな」

「基本的に、ねーさんは善意の人だからな。冒険者になったのだって、教会に来られない人を無償で救う為だって話だし」


 ランスリードにある教会は、エルザが信仰する『レミア教』に限らず、他の宗教の上層部も腐敗しきっていて(『勇者国家サイトウ』の影響)、簡単な治癒魔法を掛けてもらうだけでも高額のお布施を要求される。

 高度な治療に至っては、その何十、何百倍も要求されるため、一般人の稼ぎでは到底支払えない額になってしまう。

 幼い頃から教会で修行していたエルザは、そんな状況を変える為に、ソフィアやジュリアンと相談の上、冒険者になった。

 例え勇者と懇意であろうと、本部でもない地方の一教会が国の最高権力者に逆らえる筈もなく、エルザが冒険者になる事を止める事は出来なかった。

 それからのエルザは、今までの鬱憤を晴らすかのように各地を飛び回り、無償で人々を救い続けた。

 その行動を総本山(腐敗していない)から評価され、『聖女』認定を受けたのだ。


「だからカズキやクリスさんがいる時は積極的に魔法を使わないのか。さっきの魔法のように、困っている人を救う魔力を残しておくために」

「まぁ、そうかな。・・・・・・臭いのが嫌だったのも本当だろうけど」


 良くも悪くも素直な性格のエルザは、気を抜くと思った事を口に出してしまう。その為、他人がいる時は常に、聖女モードを発動しているのだ。

 カズキとコエンがそんな話をしている間に、エルザと村人の話は次の段階へと進む。


「これから、私たちはデュラハンと戦う為の準備をしなければなりません。その為に、皆さんと動物たちには、一か所に集まって頂きたいのです」

「聖女様の仰せとあらば是非もありません。ですが、村人が一か所に集まるのはともかく、動物も一緒となると場所が・・・・・・」


 エルザの指示には従いたいが、物理的に無理だと言いたそうな(多分)村長。

 それを当然の様に予期していたエルザは、そこで初めてカズキ(猫まみれ継続中)の紹介をした。


「それに関してはご心配なく。『大賢者』として共に戦った私の弟、カズキがその場所を用意してくれますから」

「なんと! 『大賢者』様も助けにきてくださっていたのか!」

「まさか、姉弟揃って邪神に立ち向かっておられたとは・・・・・・!」

「言われてみれば確かに似ている! あの慈愛に満ちた表情が!」


 エルザの言葉に村人たちが興奮して騒ぎ出す。

 慈愛に満ちた表情(猫向け)を見たのもあって、カズキがエルザの弟で、『大賢者』である事もすんなりと受け入れた村人の視線は、残った一人、即ちコエンに向けられた。


「聖女様、大賢者様が揃っているという事は・・・・・・」

「ああ、きっとそうだ。彼は、いや、あの御方は・・・・・・!」

「違うんだ。済まない・・・・・・」


 期待に満ちた視線を受けたコエンは、『剣帝』という言葉が出る前に、気まずい表情で頭で下げた。

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