第131話 増長するラクトとコエン
「さて、帰るか」
勇者を倒したカズキは、【ラグナロク】に衝撃を受けているエルフたちが騒ぎ出す前に、【テレポート】を使ってさっさとその場を後にした。
転移した先は、カズキのパーティメンバーと、カリムがいる場所――王都ランスリードにある、冒険者ギルド本部だった。
「あっ! にーちゃん! 何処行ってたの!?」
突然現れたにも関わらず、全く驚く様子も見せずに声を掛けてきたのは、この世界に来てから出来た弟、カリムだった。
「ちょっと森に散歩。みんなは何してるんだ?」
ナンシーと
周囲の冒険者が、『おい! 今、いきなり現れたぞ!?』だの、『俺も見た! 間違いなく、あそこには誰もいなかった!』だの、『まさか【テレポート】!? 概念はあったけど、発動するのは無理だって結論付けられた、幻の魔法じゃない!』だの、「カズキ・スワが連れているんだから、猫・・・・・・だよな? デカいけど」という会話は、彼らの耳を素通りしているようだった。
「ラクトにーちゃんとコエンにーちゃんが、『実戦で自分の実力を確かめたい』って言い出したんだ。今は手ごろな相手がいないか、討伐依頼を確認してるところ」
「・・・・・・そうか」
会話する兄弟の声には、呆れが色濃く出ていた。
二人が『大賢者式運動不足解消トレーニング』を受けてから、まだ一週間。騎士団の訓練に参加しだしたのは、つい二日前である。多少体のキレが良くなったとはいえ、運動音痴の二人が、魔法なしでまともに魔物と戦えるとは思えなかった。
二人以外のメンバーも同様に思っているのだろうが、調子に乗っている人間に無理だと言っても聞く耳持たないのは明白である。
一度痛い目に遭えば考えも変わるだろうと、はしゃいでいる二人を制止する様子は欠片もなかった。
「カズキさん、お帰りなさい。・・・・・・この子は?」
そこに、ギルドの食堂で食事をしていたフローネが、クレアを伴ってやってきた。
「この子? ・・・・・・あ」
フローネに言われて、初めてアレンを連れてきてしまった事に気付くカズキ。アレンも大人しく撫でられていたので、今まで気付かなかったらしい。
「あ~、さっき森に行った時に会ったアレンだ。マッサージ中に転移したから、間違って連れて来ちまった。・・・・・・ごめんな? アレン。森に戻るなら送るから」
「ミ゛ャ―オ」
「え? 別に棲んでたわけじゃないから構わない? へぇ、色んなところを旅してたのか」
「ニ゛ャー」
「全然迷惑なんかじゃないって! 大歓迎だ!」
カズキの様子から、アレンが行動を共にすると言ったのがわかったカリムとフローネとクレアが、興味津々でアレンへと近づく。
「よろしく! 俺の名前はカリム! にーちゃんの弟だ!」
「フローネです。よろしくお願いしますね」
「ニャー」
「ミ゛ャー」
挨拶が終わると、早速アレンへと手を伸ばすカリムとフローネ。二人から敵意や悪意を感じなかったアレンは、その手を受け入れて、大人しく撫でられる。
クレアはというと、挨拶が終わった直後にアレンの背中に飛び乗り、そのまま毛づくろいを始めた。
「さて、そうと決まれば、アレンの歓迎会をしなくちゃな。アレンは苦手な食べ物とかあるか?」
「ニ゛ャー」
「特にない? じゃあ、クラーケン四種類の刺身と鍋。ワイバーンステーキに、ロック鳥の唐揚げと、コカトリス(Sランク)の丸焼きでいいか?」
「ミ゛ャー」
「え? どれも食べた事がない? なら一口ずつ食べて、その中から気に入ったのだけ食べてくれればいい。足りなくなくなる事はあっても、余る事なんてありえないからな」
張り切ったカズキが、早速調理を始めようと、【次元ハウス+ニャン】に移動――しようとしたところで、ラクトとコエンから声を掛けられた。
「あっ、カズキだ! もしかして、僕たちの華麗な戦いぶりが気になったのかな?」
「だろうな。カズキやエルザさんの手解きを受けた我々が、どのように進化したのか気になったのだろう」
「「・・・・・・」」
二日ぶりにあった二人は、見事に増長していた。
その後ろから歩いてきたマイネとエストは、そんな二人に付き合って依頼を見繕っていたのか、ゲンナリした表情である。
「・・・・・・二人は何の依頼を受けたんだ?」
「「オーガ退治」」
「場所は?」
想像以上に思い上がっている二人に時間を取られたくないカズキは、二人に場所を聞くなり、即座に【テレポート】を発動した。
「さあ、お目当てのオーガだ。気が済むまで戦ってくれ」
そう言って、【次元ハウス+ニャン】に姿を消すカズキ。
「もしかして、祝勝会の準備でもしてくれるのかな?」
「かもしれん。ならば、期待に応えて早々に退治を終えるとしよう」
オーガを前にして、既に勝ったつもりでいる二人は、カズキの素っ気ない態度にも気付かず、ポジティブな発言を繰り返す。
「・・・・・・二人共、そろそろ準備しないと」
「大丈夫だって」
「その通り。見ろ、我々の力に恐れをなしたのか、なかなか近寄って来ないではないか」
オーガが警戒しているのは、後ろにいる他のメンバーなのだが、増長している二人はそれに気付かない。
「マイネ、無駄だ。やはり、痛い目をみてもらうしかない」
「ですが・・・・・・。いえ、そうですね。万が一の事態になっても、二人には魔法がありますし」
「咄嗟に使えるかは甚だ疑問だが、そういう事だ。フローネがいれば重傷を負っても回復できるし、カリムのスピードなら一瞬で割って入れる。ラクトとコエンは二人に任せて、俺たちは周囲の警戒をしよう」
カズキが転移したのは、ランスリードの郊外にある廃墟だった。その為、死角となる場所が無数に存在するのだが、浮かれている二人が警戒などする筈もない。その為、運悪く(他のメンバー視点)二人が依頼を受ける事が出来てしまった場合、エストとマイネは周囲の警戒をする事になっていたのだ。
「わかりました。では――」
ラクトとコエン以外のメンバーが、示し合わせてオーガから距離を取ると、オーガが血走った眼を二人に向けて、手にした棍棒を振り上げ、突撃してくる。
「来たか。行くぞ、ラクト!」
「応!」
敵意を向けられた二人が、漸くそれぞれの得物を構え――(結果が分かりきった)死闘が開始された。
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