第95話 ギルド本部にて
冒険者ギルドの本部に、最近話題の男女四人が姿を現したのは、カズキとフローネから遅れる事、三十分が経った頃だった。
「つ、疲れた。カズキはともかく、フローネさんって、あんなに足が速かったっけ・・・・・・?」
ギルドに着くなりへたり込んだラクトが、掠れる声でそう呟いた。
「体力は元からありましたが、スピードは私と同程度でした。・・・・・・一体、何が起こったのでしょう?」
不思議そうな顔をしたマイネが、ラクトにボタンが付いたコップを手渡しながら言う。
「・・・・・・もしかしたら、体内の魔力を操ったのかもしれんな。それならば、カズキのスピードに付いていけた事にも説明が付く」
やはりコエンにコップを差し出しながら、エストがマイネの疑問に、自分なりの考えを披露した。
「仮にその考えが当たっていたとして、だ。昨日までその素振りなど全くなかったのに、今日いきなり使えるようになったのは何故だと思う?」
エストから受け取った水を一気に呷ったコエンは、仮に、と言いつつも確信している様子で疑問を呈す。
「「「「う~ん」」」」
周囲から注目されている事にも気付かず、考え込む四人。
「・・・・・・何やってるんだ?」
そんな四人に声を掛けたのは、三毛猫を抱いた男だった。
「あ、カズキ! ねぇねぇ、フローネさんが体内の魔力を操った可能性が浮上したんだけど、そこの所どうなの!?」
考えても埒が明かない事に気付いたラクトが、いち早く我に返って、カズキを問い質した。
「ん? ・・・・・・言われてみればそんな気がするな」
問われたカズキがフローネの様子を思い出した。
古代魔法が使える者は、他人の魔力量を測ったり、魔力の流れを認識する事が出来るのだ。
「カズキさん、どうしたんですか?」
そこへ、渦中の人物が姿を現した。毛の長い猫を抱いたフローネである。
「「「「フローネ(さん)! どうやって魔力を操ったんだ(ですか)!?」」」」
本人が姿を現した瞬間、四人の関心は一瞬にしてフローネに向いていた。説明するのが苦手なカズキに聞いても、無駄だという事を理解しているからだ。
「え? 私が魔力を操った、ですか?」
詰め寄られたフローネが、可愛らしく首を傾げる。腕の中にいたクレアも、釣られたのか首を傾げた。
「カズキ様。ギルドマスターがお会いになるそうです」
ギルドの職員が声を掛けてきたのは、半信半疑のフローネが試行錯誤を繰り返していた時だった。
「ありがとうございます」
五人の様子から暫く時間が掛かると判断したカズキは、礼を言って職員の後に続く。
その考えは正しく、カズキがギルドマスターとの話を終えて戻ってきても、五人は騒がしいままだった。
「お待たせしました、カズキ殿。まずは、先日急な依頼を受けて頂いた事にお礼を言わせて下さい。あなたのお陰で、リハールの街は救われました。本当に感謝しています。有難うございました」
カズキが案内された部屋に入るなり、部屋の主であるギルドマスターが、立ち上がって深々と頭を下げた。
「リハール?」
突然頭を下げられたカズキは、困惑しながらもマスターに頭を上げるよう促した。
「先日、ゴブリンの群れに襲われていた村です。今はカズキ殿が尽力して下さったお陰で、規模が拡大して街へと変わりましたが」
寂れた農村が街へと昇格したのは、カズキが農地を取り込むように、オリハルコンの防壁を創ったのが原因である。
そのお陰で騎士団が常駐する事になり、世界一安全な街へと変貌を遂げたのだから、元村人たちからも不満の声は出なかったが。
「・・・・・・ああ、あの時の。礼には及びません。カリムに実戦経験を積ませるのに、丁度いい機会でしたから」
あの時、とカズキは言ったが、ゴブリンエンペラーを倒してから、まだ一週間も経っていない。
見分けが付かないカズキからすれば、ゴブリンは総じて雑魚なので、礼を言われても困惑してしまうというのが正直なところだった。
「そうそう、カリム君といえば、彼のBランクへの昇格が無事決定しました。史上二番目のスピード昇格という事もあって、ここ本部でも大きな話題になっています。流石は、『聖女』と『大賢者』の弟だと」
カズキが『大賢者』だという事は、二年以上前からギルド本部に所属している冒険者にとっては、周知の事実である(そして、エルザがカズキを弟扱いしていた事も)。
王都の郊外を散歩していたカズキとナンシーへと、ワイバーンが襲い掛かって返り討ちに会ったのを目撃したのが、ワイバーン討伐の緊急依頼を受けた、本部所属の冒険者たち(Aランク)だった為だ。
後に『
「それは何よりです」
「ニャー」
カズキが嬉しそうに言うと、ナンシーもそれに唱和した。
「・・・・・・ところで、今日カズキ殿がいらしたのは、何か聞きたい事がある、との話でしたが」
カズキとナンシーを微笑ましそうに見ていたギルドマスターが、ふと我に返った。話が一ミリも進んでいない事に気付いたのである。
「そうでした。実は、ワイバーンやロック鳥を始めとした、Aランク以上の魔物の所在を、ギルドで掴んでいないかと思いまして」
「確かにそれらの情報は、本部であるここに集まってはいますが・・・・・。何のためにそれを知りたいのか、お聞きしてもよろしいですか?」
カズキの突拍子もない質問に、ギルドマスターは戸惑ったような声を上げる。
ギルドにそのような情報が集まっているのは、それら危険な魔物が人里に現れる兆候があった時、速やかに対処する為だ。
情報を秘匿しているのは、自信過剰な冒険者たちが、下手に手を出して返り討ちに遭った挙句、その報復で暴れ回るのを避ける為である。
『大賢者』であるカズキならば、仕損じるという事はまず無いだろうが、わざわざそのような情報を欲する意味がわからない。
先日は『次元屋』が所有する『時空の歪み』から悪魔が現れたという報告もあり、二年前には邪神が復活している。その両方に関わって、いずれも解決した『大賢者』が高ランクの魔物の情報を欲する意味。
もしや、新たな危機がこの世界に迫っているのではないか。一瞬でそこまで考えたギルドマスターは、その真意を問い質した。――『
「構いません。実は、ワイバーンとロック鳥の在庫が少なくなりまして。そのついでに、新しい食材を開拓しようかな、と」
「・・・・・・そういう事でしたか。確かにワイバーンは美味ですからな。ロック鳥が食べられる事は、今初めて知りましたが」
予想とは全く違う話だったが、それを表に出すことなくギルドマスターは話を続ける。というか、ワイバーンの味を思い出した瞬間に、世界の危機の事など忘れ去っていた。
「勿論、情報を開示するのは構いません。その代わりと言ってはなんですが、一部を個人的に買い取らせていただくのは・・・・・?」
ワイバーンを食べたい一心で、取引を持ち掛けるギルドマスター。立場上、忙しすぎて金を使う暇もない彼は、莫大な財産を持っている。高級食材を買うのは造作もない事だった。
「いえいえ、協力をお願いしているのはこちらなのですから、お代は結構です。・・・・・・その代わりに、ね?」
にやりと笑ってひんやりした木箱(中身はワイバーンとロック鳥)を渡すカズキに、中身を確認したギルドマスターも笑みを返す。
「ふふふ、お主も悪よのぉ」
「いえいえ、お代官様こそ」
そんなやり取りがあった後、カズキはAランク以上の魔物と、食材になる魔物の情報をゲットした。
更には冒険者ギルドのトップとのホットラインも構築し、最新情報を入手できる体勢まで整える念の入れようである。
その結果、割を食ったクリスの借金返済が滞るのだが、自業自得なため、誰も同情はしなかったという。
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