第94話 美味しい魔物を求めて

「ねえカズキ。人数分の【次元倉庫】を用意してくれたのは有難いんだけど、どうやって運べばいいの?」


 カズキが瞬く間に創り上げた、合計十個のマジックアイテム。それを前にして、カズキのパーティメンバーは皆、途方に暮れていた。

 大きさこそこぶし大だが、カズキが魔法を使って圧縮したそれは、実に五百キログラムという重量を誇る。

 パーティで一番体格に恵まれたエストが持ち上げようとして返り討ちにあった代物を、他のメンバーが運べる筈もない。


「ああ、言ってなかったっけ? 【ウェイトコントロール】っていう魔法を掛けたから、重量の事は気にする必要はないぞ?」」

「そんな事出来るの!?」


 ラクトが驚愕の声を上げる。カズキが何かやらかす度に、最初に声を上げるのがラクトの役割になっていた。


「ああ。流石に五百キロある代物を持ち歩けなんて言えないしな」


 正確には、【次元倉庫】の魔法を込めて、余った容量に【ウェイトコントロール】を込めている。マジックアイテムを創るときに、魔法を二つ同時に込めたらどうなるんだろう? という疑問を抱いたカズキが、試行錯誤の末に発見した手法であった。


「魔力消費の大きい魔法を込める為に、重量のあるミスリルを用意した筈なのに、それを軽量化する・・・・・・? なにか、釈然としないものを感じるんだが」


 コエンの言葉に、カズキ以外の全員が頷いた。特に、二回も腰を痛めたエストは、最初からそれを言え! とばかりに何度も頷いている。まあ、カズキの忠告を無視したのは彼なので、自業自得だが。


「持ち運べるんだからいいじゃん」


 そう言ってカズキが『次元倉庫』でお手玉を始めると、ナンシーの顔がそれに合わせて上下する。猫の本能が、ポンポン動く物体に反応したらしい。


「ミャッ!」


 そして、狙いを定めたナンシーが、満を持して飛び上がり、見事、両前足で物体を一つキャッチ。カズキの言葉が嘘ではない事を、身を以て証明した。


「「「「「「おおー!」」」」」」


 華麗な技にギャラリーから拍手が巻き起こる。だが、ナンシーの美技はそれだけでは終わらなかった。


「 にゃんぱらり」


 という鳴き声? と共に、空中で三回転して後ろ足で着地したのだ。


「ナンシーは凄いなぁ」


 褒めて! とばかりに見上げるナンシーの頭を、カズキがそっと撫でる。それで満足したナンシーは、確保したマジックアイテムをおもちゃにして遊び始めた。


「さて、これで魔物の運搬という問題はクリアした。次に必要なのは、保存する手段だな」


 遊ぶナンシーに視線を固定したまま、カズキが次の課題を口した。


「保存する手段と言っても、ワイバーンやロック鳥みたいに、氷漬けにするのが基本ですよね?」


 そう言って、フローネがボタンの付いた包丁を取り出す。ヒッポグリフを氷漬けにした、【コキュートス】が込められたマジックアイテムである。 


「そうだな。フローネが持っている包丁タイプのような、刺してからボタンを押して凍り付かせるのと、攻撃にも使えるタイプ――これは、ボタンを押すだけで、ワイバーン程度なら問答無用で凍り付かせる事が出来るやつだな――の二つがあるんだが、どっちを持っていく? ああ、勿論二つとも持って行って使い分けるのもアリだが」 


 カズキの言葉に、パーティメンバー達は顔を見合わせた。

 実力で魔物を倒してから冷凍保存するか、戦闘の機会を投げ捨てて、楽な道に走るか。

 Sランクを目指す彼らの耳に、カズキの言葉は挑発しているように聞こえたのだ。――勿論それは彼らの勘違いで、カズキの言葉に他意はないのだが。


「「「「「包丁で!」」」」」


 挑発された(と思っている)彼らは、声を揃えて包丁を選択した。


「そうか?」


 自分の発言を挑発だと受け取られた事に気付かないカズキは、首を傾げながらも、即座に包丁を創り出して手渡す。

 余談だが、エルザは両方受け取る事を迷いなく選択した。楽が出来るなら、それに越した事は無い、というのがその理由である。




 準備を整えた一行は、早速行動を開始した。手始めに、学院の敷地内にある、冒険者ギルドへと移動する。

 学院生専用な上に、時刻はまだ正午を回ったばかりという事もあって、人気は全くない。一部の例外を除いて、基本的にいつも金銭に困っている学院生は、少しでも稼げそうな依頼を受けようと、朝早くからギルドに押し寄せるからだ。


「ワイバーンやロック鳥退治の依頼は・・・・・・、流石にないか」


 ギルドに到着した一行が真っ先に確認したのは、カズキが所属するパーティ専用と化している、Aランク以上の依頼だった。

 現在の学院で、Aランク以上の生徒はマイネとカズキの二人。その二人が同じパーティに所属しているので、必然的にそうなってしまったのだ。


「まあ、Aランクの依頼なんて、そうそうあるものでもないしね」

「そうなのか?」


 Sランクを超えて、称号まで与えられているカズキだが、ギルドの事情には疎い所があった。

 何しろ、冒険者になってから自分の意志で受けた依頼は、学院で受けたワイバーン退治だけである。

 クリスやエルザと行動していた時は二人が依頼を選んでいたし、今のパーティではメンバーの後ろをついていくだけで、基本的にはナンシーやクレアと戯れているだけ。

 大概の事は魔法で片付くので、金を稼ぐ必要もないし、地位や名誉にも興味はない。

 そんなカズキが、ギルドの事に詳しい訳がないのだ。


「うん。Aランクの依頼って、魔物の討伐が多いからね。そんな危険な魔物の討伐は、基本的に各国の騎士団の仕事だから。戦力が足りないと判断した時に来るのが、Aランクの依頼って感じかな」


 それでも無理だと判断した場合に来るのが、Sランク冒険者への指名依頼である。


「ああ、だからクリスは国内にいないのか」


 カズキが納得したように頷く。

 金欠クリスが滅多に国内にいないのは、Aランクの依頼や、指名依頼を受けて金を稼ごうという狙いがあるからのようだ。

 国内にいると、王族の義務とやらが発生して、報酬を貰えないからである。


「そういう事だな。・・・・・・私やエストも、学院にいない間は他国で活動していたぞ? この国と違って、他国の騎士団はそこまで強くない。おまけに、邪神の影響で活発化した魔物との戦いで、騎士の数も減っているからな。場数を熟すのには、もってこいの環境だった」


 カズキに敗れてから姿を見かけなかったのは、そういう事情があったと、コエンが語る。


「それで二人共、見違えるように強くなったんですね。納得しました」


 どうやら二人は、相当な修羅場を潜り抜けてきたらしい。そういうマイネも、カズキと行動を共にすることで、信じられないような経験をしてきたのだが。


「じゃあ、ワイバーンやロック鳥を狙うなら、国外に出た方がいいって事か?」

「そうとも言えない。ワイバーンやロック鳥は、滅多に見かけないからな。だが、危険な魔物の情報なら、ギルド本部へ行けばわかるかもしれないぞ? 普通は教えてくれないだろうが、称号持ちのカズキなら、情報を開示してくれる筈だ」

「おお! その手があったか! 始めて称号が役に立つ時が来たな!」


 嬉しそうにカズキが言って、珍しく先頭に立って歩き始める。その隣には、これまた嬉しそうな、フローネの姿が。


 目的は違うが、美味しい魔物を調達するという点では一致している二人の姿は、瞬く間に見えなくなった。

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